Novel C

□ひねくれ者の恋煩い
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『……!?ぅう、うっぷ』


夕食後
自室で1人、机に向かっていると胃がキリキリ痛みだし
ついに吐き気まで起こし始めた

困ったな…

木村先輩はバットを持って出て行ったからしばらく戻らないだろうが
問題は御幸先輩だ
喉が渇いた、と言って小銭入れを持って出て行った
そのままどこかに寄ってくれればいいが真っ直ぐ帰ってくるならもうすぐ戻って来てしまう


『うぅ…』

マズイ
何とかしなければと思った瞬間

ガチャ、とドアを開ける音がして


『御幸ぃ、ちょっと…て、いねぇのかよ』


副主将の倉持先輩が室内に入って来た


『…ついさっき、自販機に行くって出て行きましたよ』

体調不良のせいで青ざめているだろう顔色を見られたくないから顔を上げず本を読むふりをしたまま答える

『ふ〜ん』

タメ口をきく沢村先輩に「先輩に向かってタメ口きくなって何回言ったらわかるんだ!?」とプロレス技をかける姿を何度か見かけたことがあるから
「先輩に対してその態度は何だ?」と怒って来るかと思ったが、倉持先輩は特に気にした風でもなく


『じゃ、すぐ戻ってくるな。ちょっと待たせて貰うわ』


と言って部屋の真ん中にゴロリと横になり床に置いてあった雑誌を読み始めた

冗談じゃない
さっさと帰ってくれ
こっちは今にも吐きそうなんだ

でも、
1人で静かに休みたいから出て行って下さい


なんて、意地でも言いたくはない
食べ過ぎで体調が悪いなんて知られたくない


机に向かい目の前に広げた本を読むふりをし精一杯、平静を装う

俺に話しかけるな
早く出て行け

ひたすら念じ続けながら




数分の沈黙の後

倉持先輩は不意に立ち上がり

『ちょっと出てくる』

と言い残しどこかへ行った

『ふぅ……っうう』

やっと1人になれたはいいが、緊張が解けたせいで再び胃がキリキリと痛み始めた

倉持先輩がどこへ行ったのか分からないがもう来ないで欲しい
出来ればしばらく1人になりたい


『はあ…』

痛む腹をさすりながら机に突っ伏した

胃薬でも飲めば少しは楽になるのか…
けど、胃薬なんて持ってない
管理人室に行けばもらえるだろうが、そこまで歩くのさえシンドい

そんなことを思いながらしばらく目を閉じていると


再び、ガチャリ、と扉が開いて誰かが入って来た
多分、倉持先輩が戻って来たんだろう


あぁ、めんどくさい

このまま寝たふりをしてやり過ごそうか、と思っていると

『ほらよ』

ぶっきらぼうな声と共にトンと机に何かが置かれた

『ぇ?』

つい、反射的に顔を上げるとそこにはミネラルウォーターのペットボトルとフィルムに胃腸薬と記された錠剤

『…薬なんて必要ないですけど?』
『ヒャハ!そんな真っ青な顔で言っても誰も信じねぇぞ?』
『別に…コレどうしたんですか?』

今の時間で管理人室まで貰いに行ったとは思えないし、普段から常備しているとも思えない

『ああ、他にも食い過ぎで困ってるヤツいるからな』

先輩のその答えに
ああ、浅田の為に貰ったものか、と思い当たるが
それなら受け取れない
浅田が食事の量で苦労しているのは毎日、間近で見ている

『けど、まあ、アイツは今日は大丈夫だろ。顔色も良かったし』
『え?』

そういえば、確かに
いつもより少しご飯の減るペースも早かったし食事を終え自室へと向かう足取りも軽そうに見えた

意外とそういうトコ気付く人なのか

『それより、今日はお前の方がヤバイだろ』
『べ、別に。平気ですって』
『無理すんなって』

全部お見通しだと言わんばかりに真っ直ぐ見据えられて
慌てて顔を叛け机に突っ伏す


『無理なんてしてないです』


素っ気なく答えた数秒後

フワリと何か暖かいものが頭上に添えられる
ゆるくくしゃくしゃと髪を撫でられ
ああ、先輩の手だと気付いた


『強がんなって』
『別に!強がってなんかないです!…あ』

つい、ムキになって顔を上げてしまった

『ヒャハ!今度は顔真っ赤んなってるぞ?ま、とにかくそれ飲んでゆっくり休め。
あ!御幸、帰っ来たら俺の部屋まで来るように言っといてくれよ。じゃあな!』

言うと倉持先輩は部屋から出て行った

さっきまであんなに苦しかった胃痛も吐き気もすっかり消え去り

何故か顔が熱く火照り
心臓はバクバクと高鳴り続ける


『なんだ、これ…』


訳がわからないまま
騒ぐ胸を抑えるように
先輩の置いて行った薬をぎゅっと握りしめた


end.


「ひねくれ者の恋煩い」
2017.11.15.

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