懐風堂

□深紅
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七.深紅 (しんく)


それは我等に降り注ぐ太陽の色。
それはこの身を動かすものの色。
そして、それは、あなたをあらわす色。


「それは……一体……?」

マルコシアスが現れたのはちょうど昼時、食事の準備をしている時だった。
準備といっても、簡単な食事で、米の粉で作ったひとかけらのパンにチーズを乗せて軽く焼いただけのものだ。
食事をとらなければ腹は減るが、それで死ぬことはない。
だから、腹さえ満たされればなんでも良い。
質素すぎやしないか、偶には肉くらい食べたらどうです?と目の前の獣が前に言った事があったが、構いやしないと思っていた。
その矢先の事だった。

「貴方にプレゼントです」

そう言ってマルコシアスは口にくわえたモノを幻夢の目の前に吐き出した。
吐き出されたモノは四足で、ミーと鳴いて不安そうに周囲をゆっくり見回していた。

「これは……」

たらり、と少々嫌な汗が流れる。この四足の小さな生き物を、何のためにマルコシアスが自らの前に持って来たのかを考えて……いや、考えたくはない。

「いりません。いりませんよ」

「おやおや。何故?可愛いでしょう?」

目を丸くしてマルコシアスはその前足で四足の生き物を引き寄せた。

「可愛いから余計に嫌なんです!」

「君が育ててくれないというのなら……我の今夜の食事になりますが、よろしいですか?」

……?

「はい?」

「我の夕食になると言ったんです。可哀相ですがこんな小さな仔が1人で此の世を生きられるわけありませんからね」

「ちょっ、ちょっと待って下さい」

マルコシアスの目の前に幻夢は掌を突き出して考える時間を乞うた。

「これは貴方が食事の質素な私に持って来た食糧のつもりなのではないのですか?」

「君が妖の肉を喰うとは知らなかった。なんです?これ、食べるんですか?構いませんよ?」

「たた、食べませんよ。だって、貴方今プレゼントだと、」

「彼の世との境にいたので連れて来ただけです。君が育てればいいと思って」

盛大な勘違いの下に話が進んでいたことに幻夢は安堵した。

「良かった。……で、なんなんです?この小さな仔は」

ミーと鳴いてその生き物は幻夢を見上げた。大きな丸い目が幻夢の姿を映していた。

「キ・ドゥーの仔です。まだ爪も牙も生え揃っていないくせに、此の世に来ようとしてたらしくてね」

マルコシアスの大きな前足が小さなキ・ドゥーの頭に乗せられる。

抗議するように仔供はギーと一鳴きしたがそれを気にするマルコシアスではなかった。

「おまけに人語も解しません。このまま放っておけば他の妖の餌になるだけです」

だから貴方が育ててください。天から堕ちた悪魔はそう言って微笑んだ。

「私が育てなければ、貴方の餌になるんでしょう?」

「それをしたくないから君に持って来たんです」

「つまり、自分で育てるのは面倒だから私に育ててくれと」

「簡単にいえばその通りです」

「……解りました。育てればよいのでしょう?育てれば」

その言葉を聞くとマルコシアスは前足でキ・ドゥーの仔を幻夢の前に押しやった。

「…………………………、…………、………………」

幻夢には理解できない言葉でマルコシアスは仔供に何かを言った。
仔供は振り返ってマルコシアスの顔を見るとミーと鳴いて幻夢の方へよち、と足を進めた。
ふらふらよちよち歩くその仔供を掬い上げて幻夢はその腕に抱いた。

「これが、キ・ドゥー?黒い犬だと聞いていましたが」

腕の中におとなしく収まっている生き物の毛は深紅で、聞き及んだ姿とは程遠い。

「毛色くらいいろいろありますよ。あなただって人にしては珍しい毛色の持ち主でしょうに」

肩を軽くすくませながらマルコシアスが言う。

「任せましたよ、幻夢。これで君も、……少しはその長い生を楽しめるでしょう」

そう一言残して、悪魔は姿を消した。
マルコシアスの消えた床をしばらく眺めて、幻夢はキ・ドゥーを抱きなおした。

「はみ出し者同士、仲良くやりましょう」

腕の中、幻夢の白銀の髪を眺めて赤毛のキ・ドゥーは大きな欠伸を一つした。



のちの私の太陽よ。
どうか色あせずに輝き続けて。
そうすれば私も、あなたの光で輝いていられる。







質問配布元:あなぐら二語ノ詞十題「深紅」

FIN。

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