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□見上げた先には 〜夢からもらった物語
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 皆さんは「裏側」をご存知ですか? 紙の裏、引き出しの裏、本の裏、石の裏、落ち葉の裏に足の裏。心の裏や歴史の裏も立派な「裏側」ですね。いくつか例を挙げましたが、このくらいはすぐに思いつくでしょう。では皆さん、「世界の裏側」のことをご存知ですか?それはどこにでも転がっている、ありふれた「世界」のひと欠片。ただ、誰も気付かないだけ。何故なら、それは巧妙に隠されているから。今からお話しするのは、私を含め、皆さんも存在するこの「現実世界」と「世界の裏側」とを渡り歩いた、どこにでもいる極普通の少年のお話。


 凡庸な言い方をするならば、丘の上の閑静な住宅街。ベットタウンとして作られたこの町は、驚くほど緑が多い。眼下に広がる町並みを見渡しても、視界の半分ほどは緑色によって占められる。
 そんな町の丘を上り詰めた場所に、それは佇んでいた。その造りだけをみるならば、十八世紀頃のイギリスでよく見られたようなもの。重厚で,おそらくは建てられてから、軽く三桁の年月は経過したであろう程に、年季が入っている。日本という国には、いささか似合わないかもしれないが、この町に限っては、一片の違和感もなく、その町並みに溶け込んでいる。
 しかし、何故か道行く人は、その存在がないかのように、通り過ぎていく。確かに、その建物は、他の建物からやや離れた所に、一軒だけひっそりと佇んでいて、決して目立つものではない。だが、通り過ぎる人は、誰も「見向きもしていない」のではなく、「存在に気付いていない」かのように振舞っているのだ。いや、「ひっそり」という表現は、適当ではないかもしれない。いかにも、といった西洋建築特有の、三角形のえんじ色の屋根。「色褪せた」というよりも、「落ち着いた」と言った方が、しっくりくるような、ややくすんだ色合いの煉瓦造りの外壁。
 町並みに溶け込んでいるからといって、目立たないということは無い。それなりに特徴的な外観を持っているし、西洋建築に造詣が深い者が見れば、思わず立ち止まってしまうだろう。
 なのに、一体どうしたことか。その建物は、幻なのだろうか。蜃気楼か何かの、光のいたずらにしか過ぎないのだろうか。そういった考えにさえ、真剣に頭を抱え始めるころ、一人の少年が坂を上ってくるのが見えた。

「表裏館」、なかなか洒落た、木目も鮮やかな厚い板に、これまた、洒落た字体で書かれた文字。偶然見つけた小さなちいさな図書館。そこに、この看板が掲げられていた。その入り口の前で転んでしまった僕は、その痛みも忘れて、思わずこう呟いていた。
「奇跡だ…」
そう、これを奇跡以外に何と言おうか。まさに、偶然が重なった結果だ。まず、なんとなく気紛れで、通ったことのない道を行こうと思い、いつもの通学路から一本裏の、この通りに入ったことが、一つ目の偶然=Bそして、普段は必ず、通学時に何かしらの本を読んでいるが、今日に限ってそれを忘れてしまったのが、二つ目の偶然=Bさらに、普段、歩きながら本を読んでいるときならばいざ知らず、普通に、前を向いて歩いていたのに、急に路地裏から飛び出してきた猫に驚いて、こけてしまった。これが、三つ目の偶然=B極め付けが、その転んだ場所がたまたま、この「表裏館」の前だったと言う偶然=Bこれだけの偶然が重ならなかったら、僕はきっと、一生この小さな図書館に巡り会うことはなかっただろう。そう思ってしまうほどに、この「表裏館」の存在は薄い。別段、見た目に問題があるわけでもないのだが、ただ通っただけだったら見落としていた、と言う確信がある。もしかしたら、「表裏館」の存在に気付いたのは、僕だけかもしれない。事実、この近所に住んでいる友人もいるが、僕が大の本好きと知っているにもかかわらず、一度もその口から、この図書館の名前すら聞いたことがない。まるで、常人には感知し得ない、何かの「狭間」に存在しているかのようだ。
 だが僕は、この偶然の重なりによって出会えた図書館に、今まで感じたことがないほどの興味を惹かれたのである。無論、その中に入るのに躊躇いがあるはずもなく、立ち上がって、衣服の汚れを叩き落とした僕は、「表裏館」に対する、始めの一歩を踏み出した。
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