<便乗犯にご用心>

送迎の車から降り立ち、大吾は辺りを一巡する。
特に破損した場所も見当たらず、ほっと一息吐いた。


数日前電話で弥生から問題ないと聞いてはいた。
部屋住みの若い衆達も無事を伝えてきたが、弥生が口止めした可能性が無きにしも非ず。
気丈な母親のこと、心配をかけまいとしていただけなのではと密かに思っていた。
家に多少のガタが出ようが、弥生や若い衆が無事であればいい。
電話の声を聞く限り、無事であることは分かった。
取り急ぎ今やるべきことは被災地区の直系や枝の組の者の安否確認、そして日本有数の組織として堅気の人達をなんらかの形で援助すること。
そう考えて大吾は被災当日から一歩も外に出ず、ひたすら執務に没頭した。


僅かな時間ができて、ようやく堂島家の玄関に足を踏み入れる事ができた。

「お疲れ様です!」
ドアの音に気付いた若い衆が玄関まで小走りで迎えに来た。
留守を守った彼らに労いの言葉を掛けるが弥生の姿はない。

――何かあったのか――

一瞬不吉な予感が大吾の頭に過った。
気丈を通り越して凶暴にすら思える母親も若くはない。
大吾は平静を装い「お袋は?」と尋ねた。
「え…いやぁ…あの…」
罰が悪そうに言葉を濁す姿に、大吾の背中には嫌な汗が流れる。
瞬間。
「どういう了見だい!」
聴き慣れた怒声が奥の部屋から聞こえてきた。
ふいに懐かしささえ覚えるほどだ。
若い頃よく怒鳴られたが、当の自分は今玄関にいる。
いったい誰に向かって弥生は説教しているのだろうか。
若い衆の顔を見ても苦笑いで、次から次聞こえてくる弥生の怒声、いや罵声の方にちらちらと視線を送るばかりだ。
説教される立場の若い衆は全員、自分の目の前にいる。

――いったい誰に…――

大吾は靴を脱いで声の方へ歩いていった。

「お袋、大丈夫だっ――」
「無事帰ったかい。ご苦労さん。今取り込み中だからちょっと待ってな」
「いや、別にいいんだけどよ…いいんだけど、取り込み中って…っていうか誰?そいつら?」
広いリビングには縛りあげられた若い男が4人、床に転がっている。
男達の状態を見れば招かざる客なのは一目瞭然だった。
日本刀を片手に、一纏めになった男達を見下ろす弥生の形相は凄まじいものがあった。

――やべぇ…マジでブチ切れ状態だぜ――

あの顔の弥生に何度半殺しの目に遭ったか、思い出すだけで大吾は小刻みに震えが湧いた。
時折、転がる男に日本刀をペチペチと叩きつけ、刺さらない程度に切先で小突いている。
床には失禁の形跡があった。
「何があったんだよ」
「ったく聞いておくれよ!」



大吾が帰宅の旨を伝える電話の1時間後、堂島家のインターホンが鳴った。
「思ったより早かったね」
呟いて弥生はインターホンに向かいながらも、ふと疑問が過ぎった。

――あの子はいちいちこんなもの鳴らさないで自分で鍵開けて入ってくるじゃないか――

即座に若い衆を手招きしながら声を掛けた。
「ちょっと、来ておくれ」
「代行どうしやした?」
「いやさ、おかしくないかい?」
「なにがですか?」
「いや、大吾が呼び鈴鳴らすとは思えないのさ」
「客人では?」
「こんな時間に連絡も寄こさずにかい?それに日本はこんな状態だよ。よほどのことがない限り、遊びになんてきやしないだろ」
「それもそうですね…」

部屋住みが長い若衆と弥生が顔を見合わせていると、一番若い部屋住みが口を開いた。
「もしかして…最近出没してるとかいう不埒な輩かも」
「なんだい?それ」
「いや、ネットで見たんすけど」
ガス会社や電力会社を騙って家に押し入り、強盗や強姦を目論んでいるグループがいるらしいと彼は説明した。
実際のところそういったのが来たという情報はあるが、被害に遭ったという報告はまだ入ってきていないとも付け加えた。
「じゃあ、まだ被害者は出ていないんだね?」
「……強盗なら届けも出すでしょうけど、強姦になると…出さない人もいるかもしれないですね…」
全員が顔を顰めながらそんなやり取りをしていると、またインターホンが鳴った。

「お前たち、分かってるね!」
「へいっ!!」
威勢の良い返事と同時に、一人が即座に防犯カメラ用モニターの前に駆け出した。
「若い男が4人!見たところ同業じゃねえようです!」
弥生は頷き、インターホンの応対ボタンを押した。
ボタンの上にある専用モニターにも薄暗い中に若い男の顔が映っている。
「はーい。どちらさんでしょう?」
いつもの数倍は高い声域で弥生は応対した。

『○○電力です。輪番停電の件でブレーカーの検査に参りました』
「御苦労さま。今開けますねー」
声だけ聞けば何処かの奥様然としている。
普段聞いたことのない弥生の声に、側にいた若衆は思わず笑いを堪えた。
「何笑ってんだよ…」
「いえ、別に…」
応対ボタンを切った弥生は横目で睨んだ。
きつい視線から逃れるように若衆は勝手口へ駆け出して行った。

すぐに弥生の耳には喚き散らす声と怒声が混ざり合った音が飛び込んでくる。
聞こえる声音から不届き者の世代を想像して、思わず呆れた溜息を吐いた。
弥生の目の前に若い男が次から次へと放り出された。
「代行、こいつらです」
「まだガキじゃないか」
「なんだよ、このババア!」
「あ、馬鹿野郎!てめえ代行に向かって――」
「どの口でほざいてんだい?えっ!この口かいっ!」
若衆の叱責を弥生はドスの効いた声で遮り、手にした日本刀から鞘を抜いた。
突き付けた切先を悪態の吐いた男の口へ、今にも差し込みそうな勢いだった。

「言わんこっちゃない…」と言った風に若衆達は同情すら浮かべた顔で互いを見合った。
弥生に『ババア』は禁句であることは堂島家の不文律である。
部屋住みの衆は弥生と大吾の親子喧嘩で聞き慣れたこの単語が、過去、大吾に数々の悲劇をもたらしたことを何度も目撃していた。
男達に不埒な目的があった以上、いつもの大吾程度の被害では済まされないのは明白だった。
これから起こる彼等の不運を僅かばかり、若衆が憐れに思った瞬間、異臭が漂う。
匂いの元を辿れば刀を突き付けられた男が腰を抜かし、失禁していた。

「人様に喧嘩売っといてなんていうザマだ。ったく最近の若いもんは根性ないねぇ」
「喧嘩っていうよりガキが悪態吐いただけのような…」
「どっちだっていいよ!とっとと縛り上げちまいな」
「ま、ま、まさか、ここ…」
抵抗も虚しく縛り上げられながら、狼狽えた様子で男達の一人が辺りを見回す。
「今頃気付いたのかい。ここは極道者の家だよ」
弥生が言うと若衆が手際よく結び目を結わえながら、男の耳元で呟いた。
「東城会六代目、堂島会長の自宅だ」
男は祈るように空を見つめた。



「ま、そういうことがあったのさ」
弥生は一通り事の流れを捲し立てると「さて、どうしようかね」どことなく楽しげに言った。
「どうしようもこうしようもサツに突き出せばいいじゃねえか」
「バッカだねぇーお前は!うちの稼業分かって言ってのかい!?」
「人が冷静に言ってんのによ、バカってなんだよ!バカバカ言い過ぎなんだよクソババア!」
「あ!ババアは許せてもクソバババは聞き捨てならないよ!」
「クソバババにクソバババ言って何が悪いんだよ!このクソババア!」
「このー!クソガキが!誰がお前を育てたと思ってんだい!」
「育ててくれなんて頼んだ覚えねえよ!」
途端に弥生の日本刀の構えが変化したことを、部屋住みの長い若衆は見逃さなかった。
「会長も代行も落ち着いてください!とにかく今はこの外道をどうするか、それが先決です。親子喧嘩はその後にでもゆっくりと」
二人の間に割って入り、必死に宥めすかした。
興奮のあまり息が上がりかけていた弥生は深呼吸をする。

「まあ確かにお袋の言うことは理にかなってるかもしれないな。この状態だ。サツが俺らの証言信じてくれるとは思えねえ」
「日頃の行いが行いだけにねぇ…」
「かと言って大人しく解放するわけにもいかないだろ?」
「もちろんさ。そうしたところでどうせまた堅気さんに迷惑かけるのは目に見えてるさ。大方次は街頭で義援金詐欺でもやらかすに違いないよ」
4人とも弥生の言葉に大きく首を横に振って否定するが、大吾は鼻で笑って取り合わなかった。

「東北の方じゃとんでもない不幸があったっていうのに、それに便乗するってのが気に入らないねアタシは」
「同感。俺達極道者ですら支援物資届けに行ってるっていうのにな」
「会長、こういう輩のこと火事場泥棒って言うんすよね?」
大吾は頷き「一番卑怯もんってことだ」と吐き捨てた。
「コンクリ履かせちまいましょうか」
「こんな稼業だけどこのご時世だ。殺生はしたくないねぇ」
若衆の物騒な提案を弥生はやんわりと拒否する。
「たしかに」
外道とはいえ同業者ではない人間を目の前で手に掛けることには大吾も気乗りはしない。

――どうするか…――

暫し思索した後「あ、お仕置き大好きな人いるぜ!」大吾は破顔して、すぐに携帯を取り出した。
大吾が電話の向こうに呼びかける名前を聞いて、弥生も若衆も憐憫の笑みを男達に向けた。


30分後、堂島家のインターホンが鳴り、スピーカーから来訪者の声がした。
『わるいごいねえがぁー』
わざとらしい秋田訛りに4人の男以外が一斉に苦笑していると、すぐに関西訛りの嬉々とした声が流れた。
『だーいごちゃーん。粗大ゴミ引き取りにきたでぇー』
言われてみれば危険物ではなく粗大ゴミと呼ぶのがお似合いの4人だと思った。

――上手いこと言うな――

大吾は妙に感心しながら「今引き渡します」と返答した。
「まぁー殺さないようには言ってやるよ…」
男達に大吾は告げると仕置人の元に向かった。

<Fin>



東日本大震災発生後、すぐに輪番停電詐欺(と言ってよいのか?)の話題がネット上に出ました。
義援金詐欺もですが、輪番詐欺の方がもっと凶暴な事件を引き起こしそうな気がして、ハラワタ煮えくり返る思いでした。
家人、社員共にボッコボコにしてやろうと、我が家に早く来ないかなと手ぐすね引いて持ち構えていましたが幸いというか何というか「東京電力でーす。輪番停電の件で」というインターホンはありませんでした。
心の底でどうかヤクザの事務所にピンポーンって行ってくれますようにと、思ってた時に思い付いた話です。
最後に登場する仕置人は名前を出さずとも誰かお分かりかと思いますw
書いてはいませんが仕置人にたっぷりお仕置きされた後は伊達さんに突き出されることになっています。

今現在もまだまだ被災地の方々は不安な毎日をお過ごしのことかと思います。
その方々のことを考えると、この手の輩の存在は決して許せませんし、何故そんなことを平然とやろうとするのか理解に苦しみます。
ほんとね、がっつし厳罰に処して欲しいと思いますよ!

そして被災地の早い復興と共に被災された皆さんが一日でも早く、穏やかな生活に戻れますよう心から祈っています。


よろしければメッセージいただけると小躍りします♪



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