龍NOVEL

□アイドル奪還
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 真島建設社長室。
 応接テーブルの上に乗せられた大きなアタッシュケースが三つ。
それを挟んで社長の真島吾朗と彼とは真逆の堅苦しい風貌の男が二人がソファーに腰掛けている。

 悠然と座る真島とは違い、狼狽した様子のスーツ姿の男が恐る恐る口を開いた。
「社長。いきなり御社様の全財産持ってこいとはどうゆうことですか?」
「うちの会社の金、何に使おうが自分らには関係ないやろ」
「いや、それはそうなんですけど…15億ですよ!?新しい事業用なら仰って下されば融資でもなんでも出来ますし」
 真島建設、社長がやる気があるんだかないんだか微妙な態度のわりに業務成績が好調な為、銀行側も融資の審査はいつでもOKであった。

 蓋の開けられたアタッシュケースから一万円札のレンガを掴んだ真島はぼそりと呟く。
「これ一個で1000万やったけ」
 革に包まれた指先でケースの中にあるレンガを数えていく。
「これで5億ちゅうことは、ケース三つで15億。ん?」
「親父!?どないしはりました?」
 ソファーの後ろで構えていた組時代からの舎弟が尋ねると真島は眉を寄せた。

「いや、うちこれしか銭ないんかと思うて。仰山デカイ仕事やっとんのになんや切ないわぁ」
「うちは借入金も0ですさかい。現金資産でこんだけあるんはええ方ちゃいますか?」
「自分、なんや最近めっきり堅気みたいなこと話せるようなったなぁ。堅気向いとるんとちゃう」
「…親父、うちみんな堅気になりましたやろ」
 そうは言っても組時代から付いて来ている者のほとんどは現場関係の部署に回っている。
 彼だけは武闘派の真島組の中でも異質なほど細かい事に長けていた。
そのせいもあって真島建設創業の際、経理部長の肩書きを与えられたのだった。
細かい事が得意とは云え経理の専門知識もない彼は、元々努力家なのか真面目なのか独学で簿記二級を所得し、現在は税理士資格目指して勉強中である。

 昔から真島を崇拝する彼からしてみれば、真島のしようとする事は全て二つ返事で着いていく。
だが今回ばかりは一抹の不安が残っていた。
 現金全財産15億。
これが一挙にスッカラカンになってしまったら社員全員が路頭に迷う。
 一応、有価証券の類や数年前から始めたFXも利益もあるが、その存在は今は言わない方がいいと思った。
最悪いざとなった時の命綱として残しておかなければ。
それが経理部長である自分の努めだと信じて。

 経理部長と舎弟としての立場の狭間で苦悩する彼を余所に真島は納得いかない顔で尋ねてきた。
「なぁ、これで足りる思う?」
「へっ!?何がですか?」
「くいだおれ太郎」
 銀行員二人と社長は一瞬自分達の耳を疑った。

「15億でくいだおれ太郎買えるんか聞いとるねん」
 しれっとした顔で言い放つ台詞に真島以外の三人は硬直する。
 真島は7月8日に閉店する「くいだおれ」のマスコット、くいだおれ太郎を獲得すべく15億を用意させたのであった。
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