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□Sweet Wound not Cured
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 甲高い音を立てながら非常階段を上る。『非常階段』と言ってはいるが、エレベーターがあるというわけでもなく、目的の場所に辿りつくには、この外階段を上るほか方法がない。
 ビル自体が古いせいもあって、階段からはカンカンという音以外に時折ギシッと音が上がる。手摺りに触れると錆がうっすらと掌に付いた。
 せめてペンキぐらい塗り直せよ――
 城戸は軽く舌打ちの後、スカジャンで拭う。久しぶりに向かうスカイファイナンスへの階段が、以前より長く感じて駆け足で昇り始めた。
「お邪魔しまーす」
 言いながらノブを廻す。足を踏み入れるより先に、顔を覗かせて視線を一巡させてみたが、誰も居ない。金貸し業のくせに施錠もせず店を開けていた。
 相変わらず不用心な店構えに、城戸は呆れながらも上がり込んだ。来客用のテーブルの上も片づいているところを見れば、事務員兼秘書の花も近所へ買い物にでも行っているのだと分かる。秋山だけの時は見事なまでに散乱しているからだ。
 一〇〇〇億の件があったというのに、以前と何も変わっていない。しっかり者の花ならば、きっちりと用心していそうなのに意外だった。
「一服すっか」
 ソファーに腰を落とし、煙草を取り出す。目に入った灰皿には吸い殻が入ったままだ。花より後に秋山が出掛けたことを物語っている。銘柄は一種類のみ。秋山が吸っている煙草だった。
 城戸は灰皿から一本摘み上げた。茶色のフィルターが微かに湿っている。薄く残る歯形に懐かしさを覚えた。記憶にある銘柄は秋山のそれとは違うが、たまにフィルターを噛む癖は同じだった。
「……兄貴」
 全く違う性格のはずなのに、何故か重なる二人の姿に、城戸の胸底は仄かに熱くなっていた。
「よう! 城戸ちゃん来てたの?」
「秋山さん!?」
 感傷に耽っていると恍けたような軽い声音が聞こえた。
「ごめんごめん。ちょっと屋上で日向ぼっこしててね」
 無造作に撫でつけている髪が少し乱れていた。昼寝でもしていたのだろう。新井から『日向ぼっこ』なんて言葉は絶対に出てこない。この飄々とした男と自分の兄貴分だった男が何故重なるのか、城戸には自分でも理解できなかった。
「あれ? 煙草切らしてるの?」
「えっ!?」
「シケモクでも吸うのかなって思っちゃうでしょ」
「あっ……」
 秋山に手元を指差され、慌てて城戸は吸い殻を灰皿に戻した。放られた煙草の箱を反射的に受け取る。向かいに座った秋山を見上げると、恍けた風な薄笑みを浮かべていた。
「切らしてんだろ? 遠慮しないで」
「あ、はい。じゃあ」
 正直言えば今は吸う気分ではなかった。城戸は引くに引けずに一本抜き取って、火を点けようとした。

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