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□『曇りときどき晴れ』
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「花ちゃん、映画行かない? これなんだけど」
 札と一緒にチケットを渡した。
「あ! これ今やってるやつですよね! 見たかったんです」
「親父に貰ったんだけど、俺行く相手もいないし。二枚あるから友達か秋山さんと行ってきたら?」
「いいんですか?」
 花ちゃんの眼鏡の奥の瞳はキラキラしていた。本当に見たかったんだろうな。普段は秋山さんを叱ったり、難しそうに眉間に皺寄せてたり、唇尖らせて丸いほっぺを余計に膨らませてたり、そんな顔に見慣れているせいか、今の花ちゃんの表情はなんだか新鮮だった。
韓来の特製カルビ弁当もごちそうになったし、ここまで嬉しそうな表情見たら、親父から貰ったチケットだけどあげてもいいと思える。きっと親父も怒りはしない。
「友達かぁ……休み合わないしなぁ。っていうか休み不規則だから、誰かさんのせいで」
 いつもの表情で花ちゃんは秋山さんを横目で睨んだ。
「じゃあ秋山さんと行ってくれば」
「社長、行きます?」
「ん? ああー俺こういうのダメだわ。ベタなラブストーリーってなんだか笑っちゃうんだよね」
 見せられたチケットをチェックした秋山さんは手を振って拒否した。確かに似合わない。一瞬花ちゃんが寂しそうな顔をしたかに見えた。
「それ冴島さんに貰ったって言ったよね。じゃあ城戸ちゃんが花ちゃんと一緒に行ったらいいんじゃないの」
 秋山さんの提案に花ちゃんは「えっ?」と小さく声をあげた。
そりゃそうだ。俺と一緒にここでヤクザにボコられた経験もある、ちょっと普通のOLから外れている花ちゃんだって一歩仕事を離れたら普通の女の子だ。俺みたいなヤクザと映画、しかも恋愛映画なんて観たくないだろう。だからと言ってはっきり「イヤです」なんて言えるほど花ちゃんは空気が読めない女じゃない。その辺分かっていない秋山さんの方がよっぽど空気読めてないんじゃねえか。
「でもぉ、私なんかとじゃ城戸さんだって迷惑でしょうし……だってほら! 誰かに一緒にいるところ見られて誤解されたら、城戸さんの名誉に関わる問題ですよ!」
 いや、そんな名誉とか別にないけど。花ちゃんは花ちゃんで気遣ってるらしい。俺は全然構わねえんだけど。
「どうしてそう思うの?」
 秋山さんが首を傾げている。あー、この人は分かって訊いてるとしか思えない。それで相手の反応を見て楽しんでる。人間観察といえば聞こえはいいかもしれないが悪趣味としか言えない。
「どうしてって……。だってこの体型ですよ? こんなデブが彼女だって思われたら、ねえ……城戸さんに申し訳なくて」
 下を向いて時折「はぁー」と溜息を吐くところ見れば口先だけという感じではなく、本気でそう思ってるみたいだ。俺の目には花ちゃんがいじらしく映った。

(上記サンプルは城戸ページの一部です)
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