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□『嘘の台詞』下巻
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 二晩の間でいったい何度、優を抱いたのだろう。体中に自分が捺した痕のせいで、初日の夜以降、彼女が部屋から一歩も出ることはなかった。寝具の片付けも断り、食事を運んでもらう以外、宿の人間とも顔を会わすことはなく、二人きりの時間を過ごした。
 浅い眠りから目覚めた真島は懐に抱いた優の寝顔を見ながら、追想するも正確な数が分からないほど彼女を抱いたことに嗤笑した。
 気を失ったまま眠り込んだ彼女に雑に着せてやった浴衣から覗く、思いの丈の痕を指先で辿ると切なさだけが押し寄せてくる。
いずれこの痕も消えて自分も過去の男の一人に成り下がるのか真島は決めかねていた。旅立つ前に自ら決心したはずなのに、残り少ない二人の時間が迫り来るほど彼の中では迷いが生じていた。
 このまま神室町には戻らず何処かへ二人で消えるのも悪くない。渡世の義理を欠いたとしても、元々義理堅い性分なわけではなく嶋野に飼われていただけだった。普通の世界の人間が何度生まれ変わっても経験できないほど暴れることもできた。これからは優と二人静かに暮らしてもいいとさえ思い始めていた。
彼女を手放したくない。その一身から今までの自分からは想像もできない平穏な生活さえ夢見る。
どこ行こか……親父、追ってくるやろなぁ……――
 組まで構えた自分が駆け落ちなど示しがつかないだろう。きっちりとケジメを付けさせられるのは目に見えていた。筋を通したところで嶋野が素直に納得するとも思えなかった。追われて見付かった時はただではすまないだろう。立場が立場なだけに見せしめに手痛い仕打ちをされるに違いない。ただのチンピラのままでいれば良かった。
真島が今更遅い後悔をしていると胸元で気配を感じて視線を落とした。
「ん? 起きたんか。おはようさん」
「おはよ……。もしかして寝てなかったの?」
「寝とったよ。せやけどなんや目ぇ覚めてもうた」
「朝ご飯来るまでもう少し寝たら? なんか顔色良くないし」
「優に全部吸い取られたせいやろなぁ」
 心配そうな顔の優に真島は茶化すように答えた。彼女は羞恥からなのか拗ねた仕草でまた彼の胸に顔を埋める。その仕草一つ一つが愛おしくて小さな体を包む腕に自然と力が篭った。
「飯来る前に一緒に風呂でも入ろか」
「外明るいから……」
 自我が戻り傷の存在を思い出したのか、彼女は歯切れの悪い返事をする。
「なぁ……ここも今日で帰らなあかんのやで。いつまでも気にせんでええやん。ワシんこと気にしとってくれるのは嬉しいけどな、かえって辛くなってまうわ」
「ごめんなさい」
「いや、悪いのはワシのほうや。お前が退院してから辛い顔ばっかし見せたさかいに、余計に苦しい思いさせてもうて。堪忍な……」
「ううん」
 首を振って許す姿を何度見ただろう。神室町から近い部屋を出発する時に決意していたことも許してくれるのだろうか。真島はふとつまらないことを考えた。
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