通販誌見本ページ

□『嘘の台詞』中巻
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―― 狂愛 ――     


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 カーテン越しに射し込む強い西日に照らされ、優はようやく目を覚ました。
 目の前に真島の姿はなかった。開き切らない目で姿を捜すが見つからない。先に起きてリビングにでもいるのだろうか。体を起こそうとマットに手を付こうとするが、肝心の両手は言うことを聞かない。聞こえるのはガチャガチャとした硬質の音だけだった。
 半分眠ったままの頭を捻れば、後ろ手で手錠をされ鎖に繋がれた自分の腕が見えた。
 え? どうゆうこと? ……何? なんなのこれ……――
まだ夢をみているのだろうか。手首に感じる冷たい感触が生々しくて、直ぐに紛れもない現実なのだと思い知った。必死に腕を動かすが全く緩むことがない。逆にきりきりと手錠が締まり食い込む感触だけが増幅して、優の意識を覚醒させていく。
「吾朗さん……。吾朗さんっ!」
 呼んでも真島は姿を現さなかった。
ベッドに繋がれたまま優は一人取り残されていた。唯一の救いは足元に感じるふわりとした感触。見れば飼い猫のゴローが不安げな顔付きで彼女を見つめていた。
「ゴロー……吾朗さん呼んで来て。お願い……」
懇願する彼女に無理とでも答えているのか、弱弱しい声でミャァーと鳴いた。
 不安と恐怖に蝕まれた瞳には涙が溢れ、止めどなく頬を伝って流れ出す。優は嗚咽を上げると気が狂ったように体を暴れさせ、真島の名前を叫び続けた。
「吾朗さんっ! お願い! お願いだからっ! こんなの嫌ぁっ! 吾朗さん!」
 冷たい金属音と甲高い叫び声だけが壁に反響して、優の神経に突き刺さると毒矢のように正気を犯していった。
「嫌ぁーーーーーっ!!」
 顔中を涙でぐしゃぐしゃに汚しながら、叫んだ声は掠れ、切なく響き、そして途切れた。
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