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□『遠回り』
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「大吾っ! いい加減に起きなっ!」
 ノブに手を掛け、僅かに開けたドアを白い足袋で乱暴に蹴ると同時に怒鳴った。裾の合わせが乱れるのもお構いなしに大股でベッドの方へ歩いていく。枕に顔の側面を押し付けて、俯せに眠る大吾の掛け布団は意外に乱れてはいない。枕の両横に両手を投げ出すように眠っている。
「んっ…うぅうーぅ…んごっ」
 うなされるような呻きと息が詰まったような鼾(いびき)。あれだけ大きな音を立て、がなり立てても起きる気配は見当たらない。
 今朝もこうなるのかい……――
 弥生は辟易しながら、首を左右に数回こきこきと倒して一周廻した。これから起きる出来事の準備体操、日課となっていた。そして日本刀を上方に構える。
「大吾っ!」
 布団を剥ごうと左手を掛けた瞬間、俯せだった大吾が枕の下に手を入れ、体を仰向けに回転させた。枕から出された右手にはリボルバータイプの拳銃が握られていた。今まで寝ていたとは思えないほど素早い動きだった。まさしく『反射的』という言葉が相応しい。だが弥生は面喰うことなく、上方に構えた日本刀をその右手に斬りつけた。
「痛てっ!!」
 正確には斬りつけたのではなく叩き付けたと言った方がよい。日本刀は鞘から抜かずにそのまま振り下ろしていた。
「……おふくろ? あっ? なんで」
 いつからだったか。大吾が六代目を襲名してから、やたらと入院することが増えた。全て東城会絡みの揉め事が原因だった。これは仕方のないことだと理解できる。六代目ともなればいつ何時命を狙われてもおかしくはない。
 問題はそれから大吾が枕元に拳銃を隠すようになったことだ。それも特別変わった用心のしかたではないかもしれない。アメリカあたりでは護身用に、寝室のサイドテーブルの引き出しに拳銃が入れてあるのも一般的だ。日本では大っぴらに銃器類は所持できないが、大吾と同業の人間なら同じようなところに仕舞っておく人間も多いだろう。
 しかし大吾は半分、いやほとんど眠った状態で銃身を向けてくるのだ。これは本能としか言いようがない。初めは東都大病院に入院していた時だったと、後から人づてに聞いた。新藤に東城会を乗っ取られようとした時も咄嗟に拳銃を拾って見事に命中させていた。その時は寝てはいなかったが。反射神経がここまで良すぎるのも困りものだと弥生は思う。
「さっさとその寝惚けた顔洗ってきな!」
 ぼさぼさな前髪で覆われた額を、鐺(こじり)の先で小突いて弥生は出て行った。

(以上『遠回り』収録の書き下ろし『或る一日』の一部です)
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