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□『遠回り』
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 堂島と言えば名の通った極道者であった。そこの組長の息子で組員でもあった大吾とサツキが平和な言い争いが出来るのも、二人が子供の頃からの幼馴染のせいだ。
 ヤクザの息子だと陰口を叩かれ、自分の子供と親しくする事を禁じていた親が多かったせいで同級生にも避けられていた大吾に、彼女は偏見を持つ事もなく彼に接してきた。上級生に苛められる彼を小さな身体で身を挺して庇ったりもした。
『親がヤクザだろうが子供は関係ないじゃん! そんな事も判らないなんて、あんたらバッカじゃないの!』
 大きな相手に啖呵を切る姿が頼もしくて、いつしか大吾は常にサツキの傍から離れようとはしなくなった。身体は小さくても負けん気の強さだけは人並み以上で、正義感が強かった彼女はまるで大吾に仕える騎士のように、上級生からの仕返しに恐れる彼を堂島家まで送り届けた。
『普通は逆だろうに……』
 大吾の身の丈よりも随分と小さい女の子に守られている息子の姿を見て、母親の弥生は呆れた顔をする。そのせいか弥生も彼女の事を可愛がっていた。
 幼い頃に病気で自分の母親を亡くしたせいもあり、年頃になってからサツキは大吾が留守でも、弥生に会う為に堂島家を訪れる事が多くなった。
 彼が服役していた時期は時間さえあれば、弥生の様子を見に足繁く通った。気丈に振舞ってはいても実の息子が刑に服すとなると、さすがの弥生にもやつれの色が顔に浮かんでいた。サツキにはそれが心配だった。
 嫁に来てくれないだろうか――
 弥生は密かにそんな事を考えた時期もあったが、当の二人は姿形こそ大人に変貌しても関係は幼い頃のまま発展する事はなかった。

「お前ヤバイんじゃねぇ?」
「何が?」
「今日休みだろ」
「ええ、もちろん。ヤクザと違って決まったお休みありますから」
「…………」
「あっ、ごめ〜ん! そういえばヤクザ辞めたんだっけ? 大吾ヘタレだもんねぇー」
「うっせ! てめえの方こそ休みの前日に一人寝してるってかなりヤバイだろうがよ」
「ご心配なく。彼氏はちゃんといますから」
(そんな話聞いてねぇし……)
 予想も付かなかった言葉に、大吾の心に一瞬小さなさざ波が立った。
 過去の男話はそれなりに聞かされてはいた。記憶によると前の男は半年前に終わっていた。しかも自分のせいで。
 神室町で偶然サツキを見掛けた。男連れだと気付いたのは咄嗟に声を掛けた後であった。男は大吾の素性を知っているのか、あからさまに困惑した顔を見せた。数日後、彼女から『振られちゃった』と嬉しくない報告の電話が入った。
『悪い……。俺が気付かないで声掛けちまったせいで』
『いいよ。そんな事で怖気づく男なんてこっちから願い下げだよ』
 大吾が不思議に思うほど電話の向こう側から、あっけらかんとした声色で彼女は笑っていた。

(以上『遠回り』の一部です)
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