小説
□φ
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「ちょっと顔触っていいか?」
ある日、尾谷は言った。
――いや……
暁はたじろいだ。
いくら友人でも看過できない領域というものがある。
ただ、なんともNOと即答できない理由が暁にはあった。
懐が深くなかったり、潔癖だったりする男はゴミ、という空気感が子供の頃にあったことが頭をよぎった。
暁は今はそういう年齢ではないし、そういう「立場」でもないが気にしてしまう。
しかし、おそらく尾谷はそれに基づいた価値観で暁に尋ねてきたはずだ。
何かにつけて己の中のガイドラインを気にしてしまう。これがその人判断や人格形成の正体なのか、と暁は大ざっぱに思った。
女装しながら学校生活を送っていたら、守るべき見栄という物が減ってきた。それもどうかとは内心思いながら暁は断りを入れた。
「あんまり、勘弁してほしいんだけど……なんでまた急に?」
「お前って化粧してんのかなぁって」
「あー」
合点がいったような、いかないような。それでも普通は触って化粧を確かめようとはしない。普通の性別なら。
少し苛ついた。
「してるように見える?」
暁は意地悪に答えた。
「あぁ。お前って結構綺麗だからな」
結果、感情の落差に暁は固まってしまった。
暁は瞬きを大きく2回した。
どうも暁は誉めに弱い。
「言いにくいんだけど……何もしてないから」
「へぇ」
言いにくいのは自慢になりそうだから。
暁は女装はしているが、化粧には興味が無い。今は服飾だけで十分自分の心は落ち着けている。
万が一、暁が化粧に興味を持つようになったとして、暁の周りに女っ気が無いので化粧をどう勉強していけばいいのか不安だ。
「ノーメイクでそんだけのものって、それ女子が聞いたらお前刺されそうだな!」
尾谷は笑って言った。言ってからも笑った。
暁もそれが面白いのは分かる。
男が女に美貌で勝って、女を狂気に走らせるという一連の面白さは分かる。
ただ、実際に刃物で刺されて死にそうになった暁にとっては少し、笑えない。
暁は愛想笑いで対応した。