小説
□φ
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暁の通う高校は通学方法が電車派と自転車派に二分されているが、日が経つにつれて時間に融通の利く自転車派が増える傾向がある。
暁は初めから自転車を使っているが、時には電車に乗る場合がある。
それは雨の時だ。
そういう日は暁は朝から陰鬱な気分になる。雨だからではない。電車だからだ。
そして今日も。
――まただよ……
暁は心の中でため息をついた。
今日も暁は自分の背後から聞こえる息遣いを感じていた。
いつからか、立って電車に乗ると暁はしばしば同じ男に背後を取られる。
そして彼は暁に触る訳でもなく、ただ暁の匂いを嗅いでいるのだ。息を吐く時よりも大きめの音で、息を吸っている。
暁は男子の平均よりも背が低い。そのせいで暁の頭髪が男の鼻にとって調度いい位置に来るのだろう。
しかしそういう物理的な話は、暁にはどうでもいい。
理屈抜きで、ただただ気持ち悪いことが真実だ。
暁が狙われているのは決して暁の勘違いなどではない。
暁だって対策はする。
電車に乗る度に乗り込む車両は変えてみている。一定の効果はあるものの、たまたま彼と同じ車両になると最後、人でごったがえしている車内をどう移動してきたのか必ず後ろを取られて、今日のように匂いを嗅がれる。
暁がいくら避けようとも、彼は決して諦めない、飽きないことが厄介だった。
もう1つ問題がある。
実害が無いのが問題だった。
彼が典型的な痴漢であれば、外部からの力で金輪際止めさせることもできたかもしれない。
背後で空気を吸われているだけでは、万が一暁の勘違いだということも有り得なくはないのだ。その失礼を考えると、暁は行動に移すことができない。
事実、文字通りに何も減るものでもない。ただ、暁が一方的に不快に感じていることだけで、そういう主観な物はあるが客観的な事実がない。当然、息の荒い人間だっているのだから。
だから暁は悶々として嫌だった。
この合法的な痴漢を我慢するしかない。
――……はぁ
それらよりももっと強い思いがある。
この男は暁をちゃんと男だと分かって、付け回しているのだろうか。
女装した後ろ姿では分かりにくいだろうに。いっそのこと、さっさと触ってくれれば暁が男だと判明して諦めてくれるのではと思うと、複雑な気持ちになる。
もし本当に暁を女と認識して付きまとっているなら、申し訳なくなる。妙な夢を見させて申し訳ない、と。
だが、前述の通りに現状では暁は何のアクションも起こせない。
席に座ったり、壁に背を預けられればこういうことは回避できるのだが、なかなか上手くはいかない。
雨の湿気で空気の悪い電車内。
今日も暁は朝から気分は最悪だった。