小説

□尾:
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 尾谷の母親は暁を家に入れることも禁止したが尾谷がそれを断り、2人は一時的に口論になった。
 暁はそれをオロオロしながら見ることしかできなかった。暁のせいで尾谷が学校に行けなくなっただけではなく、家族との仲まで悪くさせている。
 尾谷の母親の出社の時間が迫っているので彼女はその場を離れざるを得なく、もし彼女が帰ってくるまでに暁が残っていたら警察に通報するとまで言い放って出社した。
 嵐のような怒りが去った。
 
 「まぁ……入れよ」
 「……うん」
 
 2人は疲れ混じりに言葉を交わした。
 暁に至ってはもう既に疲れ切っていた。
 今日という日は歩きながら話せるような軽い話題は無く、2人は無言で階段を上がり、尾谷の部屋へと向かった。
 暁は部屋に入ると精神的に張り詰めていた物が途切れ、膝から崩れ落ちて毛の長いカーペットの上に座った。
 何も言えない。放心状態だった。
 
 「気にすんな……というのは無理だとは思うけど、オカン結構ヒステリーだからさ」
 
 暁の頭の中に蘇る、シンプルでストレートな罵倒。
 頭がおかしい、変態、みっともない、情けない、気色悪い。
 思い出した所
で何も意味が無いのに思考が止まらない。止められない。
 
 ──あ、マズい
 
 暁の視界が滲む。これは泣く。
 
 「暁」
 「う……うぅぅぅ……」
 
 涙が溢れてくる。
 人の家に上がって何をやっているんだ。こんなことをしに来たのではないのに。そう思うと暁は情けなくて更に涙が出てきた。
 涙がカーペットに次々と落ちていき尾谷の部屋を汚していく。 
 
 「おーおー、しんどかったよなぁ」
 
 このような状況はこれで2回目だった。夢を混ぜれば3回。
 尾谷も慣れたもので、以前のように暁の鼻にティッシュを当てて鼻をかませてくれる。暁は両手を床に垂らしたまま、幼い子供のように手放しで鼻をかんだ。暁は何もしたくない。これが一番楽だった。
 
 「うちのオカンが悪かったなぁ。酷いこと言ってたよなぁ」
 
 暁が何も要求しなくとも、尾谷は自然と暁を自分の胸に抱き寄せて暁を楽な姿勢にしてくれた。
 暁は尾谷の腕の中、暁に比べたら遥かに大きい胸に顔を埋めている。背中と後頭部に手を回され、尾谷に密着させられている。
 いつもなら暁が跳ね除けられない力で強い男に押さえつけられるの
は怖くて仕方のないのだが、今は逆にそれがいい。今は自分で何もしたくない。
 こんなに安心できる場所がここより他にあるだろうか。ここより先で待っているだろうか。やはり暁はもう男同士とかどうでもよくなっていた。
 
 「尾谷ぃ……ありがとうぅぅぅ……」
 
 暁はほとんど涙声で聞き取れるかどうか怪しい程度にしか喋れなかった。それでも今感謝を述べたい。
 予定していたことの何もかもが滅茶苦茶になっていた。
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