小説
□尾:
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暁の女装が正式に許されているのは学校の中だけだ。それも叔母の尽力があってのことだった。
一歩社会に出れば話は違う。
こんなふざけた格好をした男が誠心誠意の謝罪をするという。その相手からしてみれば馬鹿にされている以外の何がある。
長く今の生活に慣れすぎて、そんな簡単なことすら忘れていた。
言い訳をするとすれば、暁の中では今日は尾谷だけと会える予定だった。何故ならこの時間に暁の義叔父は帰宅していないからだ。どこの家庭もそのようなものだと思い込んでいた。
もう一つ言い訳をすると、今日の暁の目的の本命は尾谷に気持ちを伝えることだった。浮かれていた暁に今の状況の重圧は想定との落差が激しく、恐ろしかった。
「……はい」
男なのか、その問いに暁は頭を上げて苦々しく答えた。
答えるしかない。
馬鹿が考え無しにやってきました、と。
尾谷の母親の服装は仕事着のように見える。夕方からのシフトというやつだろうか。それならこの時間に自宅にいる理由も分かる。彼女が出社するちょうどそのタイミングで会った可能性が高い。
身勝手を承知で言うなら、タイミングが悪かった。
「 ?!」
その通り。暁は2、3回しか言葉を交わしていない相手から頭がおかしいと言われても仕方のない存在だ。
「 ?!」
「……っ」
暁は強いストレスで、具合が悪くなってきた。頭の中が揺れているような感覚に襲われ、彼女の言っている言葉を認識し辛くなってきた。変態と言われたことだけははっきり分かった。
もしかして暁が尾谷の母親と初めて会った時、彼女は暁のことを尾谷の中学校時代の過去の同級生の女子か、尾谷とは別の高校に通う今の同級生の女子のどちらかで認識していたのかもしれない。
こんな、同じ学校の同級生がいるはずがないのだ。何故なら暁と尾谷の通う高校は男子校なのだから。
その認識との落差も含めて、今の尾谷の母親の激怒はあるのかもしれない。
暁は強い言葉で貶され続けている。ついこの間、女教師にも同じことをされた。やはり常識的にはこういう反応が正しいのだろう。それとも女がそうなのか。
暁は言葉の暴力を受け続けていた。
これは自分への罰。
しかし、暁の持っているケーキを忌避され、受け取りの拒否をされたことは悲しかった。
暁が尾谷の家への出入りを禁止を言い渡されかけたその時。
「オカン、外で大声で何やってんだよ……」
尾谷が玄関から外に出てきた。
助かった、と暁は心からそう思った。同時にその楽な方を選ぼうとする自分の思考に嫌悪した。