小説
□φ
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道を尋ねられることがある。
暁は複数の理由でこれまでにないほどに行動範囲が増えた。高校生になり自転車通学になった。家事を暁がするようになり放課後や休日にも積極的に食材の買い物に出向くようになった。
今や暁は伝聞でなく自身の感覚で石巻の代表的なスポットを把握している。
それに関係するか暁は知らないが、道を尋ねられることが増えた。駅前のような初めてこの地域に降り立った人が多い場所ならともかく、暁が去年より以前から活動範囲としている所でも道を尋ねられることが増えたという変化が起きていた。
歳を取ることで話しかけられやすい雰囲気が出るようになったのだろうかと暁はなんとなく思う。道に詳しくなっているのはちょうどよかった。相手方を徒労に終わらせないようにできるのは誇らしい。
今日も放課後、家に着くまでの間に暁は一度見知らぬ人から呼び止められた。
ハキハキしている青年だった。暁は多少、その熱量に圧された。スーツ姿から社会人かと思われる。社会人になるにはこれくらいのエネルギーがあることが前提なのかもしれない。
道案内は簡単に終わった。
暁は立ち去ろうとハンドルとペダルに力を込めようとした。
「ありがとうございました。よかったらこれから時間ありませんか?暇なら食事でも」
青年の言葉によって、暁は力を込められなかった。
まさかまだ何か尋ねられるとは思っていなかった。
しかもこの男は何と言った。時間があるか、と。暁とどこかで長時間過ごしたい、と言った。
暁は腑に落ちなかった。
たかだか道案内でここまで報いたいと思うか?忙しくはないのか?まるで最初から道案内などはどうでもよかったかのようだ。
例えば他の目的。
『暁はモテるらしい』
思考が閃光した。
「……あっ!」
その閃きが思わず声となり、暁は慌てて口をつぐんだ。
しかし、もう取り繕うことはできないだろう。暁はとにかくこの場を離れることを望んだ。
「あの、その、俺は帰らなきゃならないんで!失礼します!」
暁は逃げるように自転車を走らせた。
少しでも速く、少しでも遠くへ。
信じられない。
これはナンパだ。
そんなことが現実にあるなんて思ってもみなかった。まして暁自信の身に起こるなんて。
寒い。恐怖すらある。
話したこともないクラスメイトから好意を抱かれていることを感じる時、暁は落ち着いて、その彼に憐れみすら抱くことができる。
今は逆だ。
初めて会った他人にそこまでガッつくことができるその図々しさが理解できない。
今回でわかった。とにかく何でもいいから口実をつけて暁に近寄ろう、関わろうとする者がいる。人の好意を利用して。
そこで1つ、暁は思ってしまった。
自転車を止めて足をつく。
「……あ……」
道を尋ねられることがある。