小説
□尾:
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選択授業。移動教室の際、暁は最前列で尾谷と並んで座る。
隣が尾谷だと安心できる。
選択授業でミックスされた、あまり暁と会わない同級生からの、暁の背中に刺さる視線は気になる所ではあるが、もはや大したものではない。そういうものは女装して通い始めてから慣れてる。暁は麻痺していた。
今日の授業の空気は不穏だった。
この英語の女教師は、無愛想で、悪意のある物言いをするので暁は苦手だった。どうも機嫌の悪い時は難癖をつけて誰か1人を晒し上げて叱っている節がある。
今日の彼女は異様に不機嫌だった。
皆、彼女を刺激しないように気をつけていて、今の所誰も授業の進行に失敗した様子はない。私生活で何かあったのか、単に無関係な理由で彼女の精神状態が悪いだけだ。理由すら無いのかもしれない。迷惑な話である。
暁が指された。
よりにもよって黒板に長文の解答を書かされる。
純粋に難易度が高い上、暁を見慣れていない生徒達に暁の全身の後ろ姿を晒すことになるので緊張する。
暁は緊張状態にあるからこそ敏感になっているのか、教室中の生徒達の出す雑音が消えたことを感じた。皆、内職や板書、身じろぎすら止め、暁を見ることに集中しているのだ。
2つに結んだ髪を見ているのか、私服校であるのにわざわざ着ている女学生服風のブレザーを見ているのか、スカートから伸びる生足を見ているのか。
全てだった。
滅多に暁に会えない珍しい機会に、皆それぞれ興味のある部分を観察していた。
女教師もまた、脇に避け、黒板ではなく暁を睨んでいた。
最悪だった。
早く終えようと思っているのに、黒板に英文を書いても書いても終わらない気がした。
そういう女教師からの嫌がらせなのだろうと暁は理解した。無理矢理に長時間奇異の目に晒させるということ。
ピリオドまで書き終えた。暁はチョークを置き、手の粉を払う時間も惜しくて早く席に戻ろうと一歩踏み出そうとしたその時。
「 」
女教師は暁の精神的油断を突いて、短く明瞭に、わざと誰の耳にもはっきりと聞こえるように暁に言葉をぶつけた。
「え……」
女の身体特有の、空間に通る声で発せられたその言葉は聞き間違えようがなかった。ただ、暁は理解できなかった。
女は「なんで女装してるの」と冷たく言い放った。
何故今。
授業中に。
教諭関係なら共有されて知っているはずの暁の辛い理由を。
暁を見慣れていない生徒達が大勢いる前で。
暁は今それを言うことが理解できなかった。
暁は一歩も踏み出せないまま動けなくなっていた。