□かなたの衣
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「佐吉は変や」

唐突に、幼い頃からなじみの藤太が言った。覗き込むようにしてこちらを見てくる藤太を佐吉が物云わずに睨む。佐吉はやたらと綺麗な顔だけにそれだけで迫力が出る。けれども、友はそれを合図と見たのか、にやりと口角を上げてもう一度口を開いた。

「睨まれたとて構へん。お前、春日を振ったのやろ」

「勿体無い。勿体無い」隣で繰り返す藤太に、佐吉は相方をまさかと見やった。心得た藤太は人を食った顔でにんまりとしている。短く嘆息が漏れた。

春日、というのは近ごろ佐吉がよく遊んでいる娘だ。そうはいっても別に恋仲というわけでもない。外聞があまり宜しくは無いのだが、佐吉には春日の他に幾人かの娘の影がある。
それを日ごとに替えて出歩いたり、または寄ってくる彼女たちをはべらせるようにして遊んでいた。要は、女癖の悪いということなのだが、春日はその佐吉の周りにいる娘のなかでも一際目を惹く美人であった。

「勿体無いことしよる。あんだけの美人はそうはおらんぞ」

藤太が鼻を膨らませた。

何しろ酷く色白で、小顔でふっくらとした頬と唇がいかにもこの村で一番美しいと云われているくらいの器量であるのだ。藤太は自分ならば天変地異が起きても春日を手放すまいと大仰に云った。その様子を佐吉は呆れた風に見ていた。

「なあ、俺がもろてもええか」

どうせもう要らんのやろう。含み笑いで発っせられた言葉に対してとくに感じる気持ちもなかった。
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