右近和歌文

□ふかくさの(沖→近)
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●ふかくさの●

日当たりの良い、小高い丘。
特に何があるでもなく、人の影もほとんどない。
屯所に程近いこの場所に沖田が近藤に連れられてきたのは、真選組が結成されて三年程経った春の事だっただろうか。

何もないと言ったが、実はその丘にはポツンと桜の樹が一本だけ立っている。
大きくも小さくもなく、やや年老いている様に見えた。
貧相と言えば、貧相だ。
しかし、細い枝先に疎らに色付く花は、色は薄いが美しい。
武州のウチの庭に生えていた老桜に似ているのだと、近藤はこの桜木を大層気に入っていた。

それから幾度か近藤と共にこの丘に赴いた記憶ある。
その度近藤はこの桜を故郷のそれと重ねているらしかった。
時たま呟く『懐かしい』というその声に、何となく満ちる郷愁。
聞く度沖田は、近藤は故郷に帰りたがっているのだと思った。
いつだったか、その言葉に憤りを感じて、沖田は桜にこんな文句を言った事がある。


『何でィ桜なんて。どこに咲いてるもんでも同じでさァ。春になったらどこでもかしこでも同じ形で同じ色の花が咲く。哀しいことがあった年に灰色に咲くくらいの気のきいた事でもしてくれりゃ、俺だって少しは桜を愛でる気持ちが湧くってもんでさァ』


子供じみた沖田の言葉を、近藤はアッハッハと明るく笑い飛ばした。


『いつでもどこでも同じだからいいのさ。いつでもどこでも、この季節になると故郷を思い出せるからな』




それが確か八年前。

沖田は日本酒の瓶を片手に、一人で丘へと続く坂を上っていた。
桜の時期なったら、あの桜の下で近藤を弔おうと決めていたのだ。

近藤がいなくなった今でも、あの桜はきっと常と変わらず疎らに美しくひっそり咲いているのだろう。


「……灰色に咲くくらいの……」


ポツリと呟き丘に上りきると、ちょうど沖田の頬を春の暖かな風がなぜた。


その丘にはポツンと桜の樹が一本だけ立っている。
やや年老いているからであろうか。
春先に付ける花も疎らで、色も薄い。
けれどその老いた桜木の先に小さく開く花は。


(魂だけでも……帰れましたかィ?近藤さん)


哀しくも、やはり淡く美しい薄紅色。


END.



深草の 野辺の桜し心あらば ことしばかりは 墨染めに咲け

上野峯雄




2012.2.25

       

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