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□細雪恋慕
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●細雪恋慕
近藤さんの笑い顔は、もう三十手前だというのにどうにも無邪気過ぎていけない。
目元も鼻も口端も顔中全部クシャとして、ただ愉快そうに、ただ楽しそうに、ただ嬉々として、ただ幸せそうに、そして真っ直ぐに笑う。
たかが季節が巡るだけの事が、きっとあの人にはとてつもなく幸福な事なのだろう。
「トシィ!雪!ホラ雪!」
(あぁどうか俺に笑い掛けないで下さい)
(さらわれそうになってしまうんです)
心が。
朝から空がなんとも重くそして気温も染み染み身体を冷たくしてゆく日には、近藤さんは一日に何度も空を見上げては小さな冷たさが降りてくるのを待ち望む。
(それはきっと春であれば芽吹きを)
(それはきっと夏であれば蝉時雨を)
(それはきっと秋であれば紅葉を)
近藤さんは待ち望むのだろう。
「あー山崎!ホラ!な、雪降ってきた!」
そして笑う。
クシャっとしながら満足げに白を指差して誰彼構わず手招くんだ。
(あぁどうか俺以外に笑い掛けないで下さい)
(泣きたくなってしまうんです)
心すら。
「総悟どこだろ。教えてやろう!」
そう言って嬉しそうに廊下を駆ける近藤さんの足音でさえ、クシャクシャ笑っているように思えて。
ちらちら揺れ沈む小さな白に思わず染まりたくなってしまった。
(雪など塵ほども興味はないのにね)
End.