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□今夜はただ月見酒を
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●今夜はただ月見酒を


月明かりに照らされた路は、前日までの雨のおかけでまだ幾分か色が濃い。
ぬかるむ程ではないが、しっとりとしたそれは、やはりいつもより柔らかかった。

「大丈夫だってぇ〜アッハッハッハ!!ひとりで歩ける〜」

「んな千鳥足で転ばねぇ訳ねぇだろうが。こんな路じゃ服が汚れる」

小言を言う土方の肩にもたれた近藤は、頬が紅く呂律もうまく回らないない状態で、おまけにやたら上機嫌だ。
普段の彼を知らない者でも、一見しただけで酔っていると分かる。



近藤馴染みの呑み屋の店主から近藤の迎えを要望する連絡がきたのは、一時間程前のこと。
電話向こうの店主の声がどうにも切実だったらしく、山崎から報告を受けた土方にも、近藤が深酒をしているのであろう事は容易に想像できた。

近藤は酒に弱いわけではない。
ただ、呑みすぎると少しだけ厄介なのだ。

まず口数が多くなる。
そんな事は酒を嗜み程度にしか知らない人間でもよくあることだろうが、近藤の場合は話を始めると長いのだ。
自分の目に入ってきた人間、誰彼構わず話を始める。
その話は、例えば土産に貰った団子が旨かったとか、お妙さんは今日も美しかったとか、とにかくあまり中身の伴わぬ話が多く、そんなのを長々と聞かされる方は堪ったものではない。
しかも一旦話終わると、また同じ話を繰り返すからさらにタチが悪いのだ。
それを止められるのは隊の中では土方しかおらず、外で呑みすぎた近藤の迎えも、だから土方のお役目となっていた。

ただ、近藤も深酒をした際の自身を自覚しているらしく、普段は決して無茶な呑み方はしない。


(なにか…あったんだろうな)


思いながら店の暖簾をくぐった土方の目に入ってきたのは、迷惑顔の店主に話しかけている出来上がった近藤だった。



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「いい月だ、なぁ〜。トシィ」

少し酔いを冷ましてから帰りたいと近藤が言うので、土方は仕方なく呑み屋を出てから程なくの公園のベンチに近藤を座らせた。
未だ呂律の回らない近藤の横にドカッと些か乱暴に座り、タバコに火を点ける。

「近藤さん」

フーッと悪煙を吐き出し名前を呼ぶが、聞こえているのかいないのか、近藤は返事もせずに空の丸を眺めている。

「今日の酒はそんなに酔う程旨かったのか?」

あはは〜ゴメンねトシィ、と笑いながら謝る近藤に、質問を重ねる。

「それとも、そんな風に酔いたかったから酒を呑んだのか?」


『なにかあったのか?』と。
土方は本当は真っ直ぐに訊きたかった。
けれど恐らく後者の方が当たっている気がして、その勘が正しいならばストレートに問うのはどうにも憚られて、少し回りくどく近藤の今夜の深意を探った。

夜風が気持ちよく吹いて、しかし空の光は少しだけ雲に翳った。

「…小松君てぇ…いたじゃん?」

酔いが冷めていない近藤の言葉はまだどこか舌足らずに聞こえたが、表情からは先程までの朗らかが消えていた。

「…コマツ?」

どこかで聞いたような名前に土方は自分の記憶を辿ってみたが、すぐには思い出すことが出来ない。

「忘れちゃった?小松磯二郎君。二ヶ月だけだったけど、四番隊にいた」

いた、と過去形で言われて、土方の記憶はは小松なる人物に微かに触れた。

「…ああもしかして、病で…」

「そ。病で半年前に除隊した子」

嫌な予感に、土方の胸はうねる。

「…亡くなったんだってぇ」

(ああ、やっぱり)

なんとなく胸くそが悪くなり、くわえていたタバコを下に落とし踏みつけた。
足元で煙草が燻り、紫煙は上り流れる。
それを目で追うと、少しだけ翳った月にぶつかった。



    
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