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□偽り紡ぐ
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●偽り紡ぐ
「いかないで、いかないでくだせぇ近藤さん…嫌でさぁ…いかないで…」
近藤の横たわる布団。
それを囲むのは医者と沖田と土方のみ。
医者はもはや何の治療も施そうとはせず、ただ黙って近藤の左手首の脈を測るのみだった。
数日前に深く負った刀傷が、どうやらいよいよ近藤の魂を連れて行こうとしているらしい。
医者でもない沖田や土方ですらその事を悟れる程、目の前の近藤は弱っていた。
泣きすがってみたところでそれが変わるわけもない。
分かってはいても、沖田は泣かずにいられなかった。
泣いて、近藤の生にすがる言葉を吐き出さずにはいられなかった。
「…いかないよ…どこ…にも、いかないから。…そう…ご…おれは…だいじょう…ぶ」
掠れる力ない近藤の声。
痛みに歪むその顔には、辛いであろうに、それでも小さな笑みが浮かんだ。
そして、癒えぬ傷だらけの手が、沖田へと伸びてきた。
「こんど…」
その手が沖田の頬を力なく撫でた瞬間に。
沖田は一つ。
とても昔の事を思い出した。
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『あいつら、すぐ嘘つくんだ。俺もうあいつらとは遊ばない』
『そうか〜。総悟まんまと騙されちゃったのか』
『近藤さんは俺に嘘つかないでよ、絶対に!約束!!』
『んん?うーん…いやぁハッハッそりゃまた難しい約束だなぁ。一、二回くらいは勘弁してくれない?』
『えぇ〜。…じゃあ、一回だけ!』
『よし分かった!!じゃあ、いつ嘘付くかよーく考えとかないと。大切な一回だからな、アハハ』
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「ひでえや、近藤さん…。最期の最期でなんて…」
パタパタの止めどなく流れ落ちる沖田の涙が近藤の頬を五、六滴濡らした時、近藤の腕がストンと落ちた。
「…最期の最期でだなんて…」
落ちた手を震える手で握りしめ、沖田はそっと自分の頬に当てた。
少しずつ確実に冷たくなってゆく指先を思い知らされて。
(誰に付かれたどんな嘘よりも残酷な嘘を)
(最期の貴方から貰うなんて)
過去の約束の後悔に、沖田の涙はいよいよ抑止を失った。
End.