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□揺蕩(たゆた)
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●揺蕩(たゆた)


土方の脇にはテレビ。
点いてはいるが、見てはいない。


机に重なる書類の山は、片付けても片付けても一向に崩れず、刀を片手に捕物へと勇みたい土方は、しかしながら机にかじりつくしか仕様がなかった。
そんな不満から半分腐って、土方は手にしていた書類を放り投げた。
ゴロリと寝転がり天井を眺めると、割に見慣れた天井木目。
耳には某かの小鳥の囀り。
保と木目の渦を眺めていると、世界から遮断された空間に自分一人だけが取り残されているような、奇妙な錯覚を起こしかけた。
だからだ。
だからなんとなく、現実味のある喧騒がほんの少し欲しくなって、テレビのスイッチを押しただけだったのだ。


『…オスはメスに寄生し…』


現実を実感する為に無駄に垂れ流れていた電波から、非現実な言葉が聞こえた。
チラリと横目でテレビを見遣ると、グロテスクな深海魚がユタリと泳ぐ姿。


『血管が通い、筋肉や内臓は融合…』


段階を追い、ゆっくりと繋がってゆく雌雄の魚。


『いずれはメスと完全に同化するのです』



同化したあとのオスは、メスの腹にずぶずぶと埋もれている。
元の姿の名残は、眼があったのであろう部分が辛うじてしか見てとれない。
その眼ですら、ゆくゆくは退化してしまうらしい。

なんとも奇妙で、不気味で、不格好だ。


(寄生して…同化)


不可思議な感情が、土方を支配した。
頭に浮かんだのは、自らが絶対的大将と誓った不可侵の存在。

彼とそうなれたら、どんなにか…―


「なんとも羨ましいな」


ポツリ小さく呟いた独り言に、土方は驚いた。


「…何言ってんだ?俺は」


小さく首を振り頭をガシガシと掻くと、土方はテレビから目を背けた。
けれど音声は、まるで土方の鼓膜を絡めとるかのように耳管に侵入してくる。


『精巣以外の器官全てを退化させ…』

『…メスとオスの出会う確率の非常に低い深海では…』

『理にかなった進化だといえ…』


理に
 かなった


そこで土方の不可思議は冷めた。


(理にかなう?)


理という言葉に違和感を覚えた。
以降、深海魚の生態は土方の耳に大して響かなくなった。


「トシ!!」


背を向けていた障子が唐突にガラと開く。

快活な声のテレビの音声を掻き消す程の大きさに、土方の肩はビクリと引きつった。


「お茶!するぞ!!」


驚きをどうにか隠して、土方はのそりと起き上がる。
声の方へと顔を向けると、太陽のような笑顔が、湯気立つ湯飲みそして茶菓子と共に立っていた。
その明るさが眩しくて、土方は思わず目を細めた。


「…そうだな、ちょうど…」


書類の山にではなく。
近藤への敬愛に。


「…行き詰まってたとこだ」


胸元の小さな箱から一本を取り出し、熱を灯す。


「そうか〜。じゃあちょうど良かった。アレ?何見てたんだ?」


ユタリと深海魚。
電波の箱は相も変わらず奇妙な魚を流し続けていた。


「いや、別に。見ちゃいねぇよ」


リモコンの電源スイッチに親指を掛けたとき、メスと同化するオスの姿が大きく映し出された。

その魚のオスは、子孫を残すためにメスと同化するのだという。
その奇妙な進化は、しかしながら深海では、とても理にかなっているのだそうだ。

けれどここは深海ではない。
なにより魚は感情など持たない。
電波の箱を揺蕩う不気味な魚は、だから、土方を支配する理にかなわぬ感情とは何ら関係のないものなのだ。


土方は改めてその姿を眼奥に焼き付けた。


そして鼻白んだように笑って、ブツンと電源を落としたのだった。



End.



     

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