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□鳴るは涼やか
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●鳴るは涼やか

「あ、そーだ山崎。これやる」


仕事の報告も済み近藤の部屋を出ようとした所で、山崎は後ろから声を掛けられた。振り返って見ると、近藤は小さな物入れに大きな手を突っ込みゴソゴソとなにやら探している。あった、と小さく呟きながら嬉しそうに山崎に近付いてきた近藤に、そして手渡されたものは小さな風鈴だった。

けれど季節は冬。
随分とちぐはぐな気持ちにさせられて、山崎はお礼の言葉が中々出てこなかった。それどころか疑問の言葉すら咄嗟に出ず、半ば強引に握らされた硝子の鈴と近藤の顔を目で行ったり来たりする始末。


「え?…あぁ…ん?え?…あの〜…局長コレ…」

「ん?風鈴」


そんなことは勿論百も承知だった山崎は、あはは〜と渇いた薄ら笑いを浮かべながら眉をへの字に首をかしげた。


「あっはは!いや冗談だ冗談」


この季節にしては一風変わった贈り物の意図をとぼけて見せたことが冗談なのか、それとも風鈴を贈ったこと自体が冗談なのか。
分かりかねた山崎の眉はへの字のままで、そんな山崎の心中を知ってか知らずか、近藤は人好きのする笑顔で山崎の肩をポンポンと叩いた。


「お前はいつも本当によく働いてくれるからなぁ。俺からささやかなプレゼント」

「…はぁ」


プレゼントということは、どうやら前者だったらしい。だがなかなかどうして、嬉しいという気持ちが湧いてこない。
素直に嬉しい声を出せないのはやはり意図が、いや、意図は分かったものの、なぜ風鈴なのかがどうしても分からなかったからだろう。


「…いや局長…なにゆえこの時期に風鈴?俺特に気のきいた風鈴エピソードなんて、持ってない筈なんですけど…」

「え〜だって」


咄嗟に口から出てこなかった疑問の言葉をようやくしぼりだして、山崎は近藤の回答を待った。


(だって?だって、何だ!?この風鈴にはいったいどんな秘密が…!?…ハッま、まさか…プレゼントとは名ばかりで、実は対過激派攘夷浪士用小型…小型ぁ〜…の何かの武器的なアレとか…!?)


物事をなんでも大袈裟に捉えて考えるのは山崎の昔からの癖で、だから次の近藤の言葉に一瞬キョトンとしてしまうのだった。


「だって山崎、音の鳴るものあんまり持ってないじゃん」

監察である山崎の仕事は、隠密が基本だ。それ故身に付けるものの音には、服から小物から非常に気を使うのだ。仕事の際にうっかり間違えて音の出る物を身に付けてしまわぬよう、だから山崎は私生活から何かしらの音の出るものをなるべく持たない事にしていた。

音に神経を尖らせる事は仕事の為で、いやしかし、そもそも山崎にとって音とは風流や享楽を求める対象ではなかった。つまり音云々、有る無しなんて、さして問題ではなかったのだ。
けれど、自分のように目立たぬ一隊士を、局長である近藤が気をかけてくれていた事。更にはこうやって、形式だけのものではなく、本当に考えて個人的に贈り物をしてくれた事が山崎は嬉しくて堪らなかった。


「音って思いの外いいもんだぞ。風鈴の音なんて尚更。なんとなく気持ちが安らぐと言うか、耳が心地よいと言うか。それに風鈴なら持ち歩くもんでもないし、いいかな〜と思ってな。いやぁ、探すのに苦労した」


夏に思い付けばよかったなぁ、と笑う近藤は、山崎に一度渡した風鈴をヒョイとまたその手に取ると、山崎の耳元で小さく振った。


チリン


小さな音が涼しげに山崎の鼓膜を揺らす。少し照れ臭かったけれど嬉しさがあとからあとから湧いてきて、山崎はそのまま心地よく鼓膜を揺らす音に聞き入った。


「…ありがとうございます。俺、一生大切にします。本当に!」





近藤の部屋を後にし、自室に戻ってすぐに吊るしてみた風鈴の音はやはり涼やかで、見事に季節に不釣り合いだった。

けれどどうして。

山崎は何とも暖かな気持ちにさせられて、冷たさが吹き込むのも構わずに、部屋に風を通し続けた。




チリン

チリンチリン



End.







余談となるが、その後土方と沖田から「寒ぃ」「うるせぇ」「斬る」「このムシケラが…」等と、やっかみ半分の苦情や嫌がらせが来たとか来ないとか…



本当にEnd.

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