片隅

□はじまり
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彼女ほど、優しく美しい人間が他にいるだろうか。
きっと彼女は、女神の生まれ変わりで、この世を救うために生まれきたのだ。
しかし、彼女は否定する。
私はそんなものではない、と。
どうしてそんな嘘をつくのか。
そういえば彼女は、自分の全身に広がる火傷の痕を気にしていた。
そうか、確かに女神というのは、どの物語でも美しい。
もちろん、彼女は今のままでも十分すぎるほど美しいのだけど、彼女がそれ以上を望むのであれば。
僕は協力するしかない。
そう、僕の命をかけてでも、彼女を何よりも美しいものに変えてあげなければいけないのだ。
そうするしか、この世を救う方法はないのだから。

「だから貴方は、その瞳を彼女に渡すべきなのです。」

「は?」
突然やってきて、なんだこいつは。
「今までの人たちもそうしてきたのだから、貴方もそうするべきなんですよ。」
…そうか、メンヘラか。
「さぁ早く、その瞳を彼女に!
そうすれば、世界は救われるのです!」
力説するメンヘラは、ありえないほど真剣な顔をしている。
いやいや、まてまて。
まず何がどうなってオレの目を彼女(これが誰なのかまったく見当もつかないが)にやらなきゃならんのだ。
だいたい今までの人もって、今までにもこいつはこんなメンヘラ発言をして、尚且つ聞いた奴らはそれに従ったのか。
って言うか世界を救うって…お前…
「…ありえねぇだろ。」
「何がですか?」
「全部だよ全部!お前の行動発言存在全部だよ!失せろ宇宙人!」
あまりにも白々しく返されたもんだから、思わず大声が出てしまった。
くそぅ。こんなやつ相手に大人げない自分が恥ずかしいじゃねーか。
「とにかくだな、オレは今忙しいんだ。向こうへ行きな。」
そうそう、この余裕な感じ。これでこそオレだろ。
いつものペースに戻ったオレは、また、大切な武器たちのメンテナンスをはじめた。
自分家の玄関の前を武器でうめつくし、みんなに見せびらかしつつ、刃物から銃器まで、丁寧に一つ一つ磨いていく。
これこそオレの生き甲斐!オレの使命!

「仕方ありませんね。」
オレがうっとりとしながら武器を磨いていると、上のほうから声がした。
「お前、まだいたのかよ。」
見るとメンヘラは、まださっきの場所に立っていた。
はじめて見た時も思ったが、なんというか、目が死んでいて、それで口端を引きつっているもんだから(本人は笑っているつもりなのかも知れないが)、相当怖い顔になっている。
気味が悪い感じ、まさに気狂いのような。
「世界を救うためには、犠牲はつきもの、なんですね。」
気味が悪い顔に、言ってることまで気味が悪い。
何なんだ犠牲って。気持ち悪い。
「あぁシィルさん!僕は貴女のためなら!」
キラッ、とメンヘラの手元が光ったと思うと、

「…っ?!」
オレの首の右側と、左腕の外側、右側の内側から、血が出ている。
とは言っても、全部かすり傷で、ピリピリと痛いだけだが。
後ろを見ると、玄関のドアに三本のナイフ、いや、メスが刺さっている。
サーッと血の気が引く。
「何考えてんだ馬鹿!危ねえだろ!
首なんか特に死ぬだろうが!」
また大人気なく大声を出してしまった。なんて恥ずかしい。
でも、必死にもなるだろ?!
もうちょっとで首にブシューって!グサーって!
死ぬところだったんだぞ!
これはキチンと謝罪してもらわんと話にならん。
だが、
「僕の手が、血で染まっても構わない!」
オレの必死の訴えも、メンヘラには聞こえてないらしい。
メンヘラは大声で叫んだあと、今度は注射器を指と指の間に挟んで、明らかにこちらに投げ付けようというポーズをとっている。
「さぁ大人しくしてください。僕だって…辛いんですよ…」
何が辛いだ!ポーズまで決めてノリノリじゃねーか!
くそぅ…もうキレた!謝っても許さねぇ!

オレは特にお気に入りのナイフを拾って、
「オレはもうプッチンと!頭の血管キレまくりで怒り爆発だぞ!
てめぇわかってんだろうなぁ!」
メンヘラに宣戦布告をした。
まぁ、布告したところでメンヘラは、
「大丈夫です…もうすぐ怒りすら感じなくなります。
彼女にその瞳を渡しさえすれば…!」
まったくオレの話なんて聞いてないけど。

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