文章4

□HAPPY HAPPY BIRTHDAY
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これはまさかの奇跡かも知れない。
そう思い始めると焦りだけがついつい暴走してしまって、僕としたことがついこけそうになったりもした。何もないとこだってのにだ。あの草壁の驚いた顔が忘れられないな・・・。
でも可能性が見え初めているこの奇跡を無駄にはしたくなくて、それゆえ気ばかりが逸ってしまうから何度も手元が狂いそうになった。焦りのあまり電話のボタンが上手く押せないとかほんと初めてだったよ。さっさと終わらせて帰りたいのに。

僕は僕の仕事のために、いつものように草壁を連れてオーストラリアへ来ていた。相変わらずキリの目処が立たない僕の航空券はいつだって帰りの予約なんてあってないようなもので、一応予定日を考えて予約はしてるんだけど、当初の予約通りに搭乗できた試しはない。早くなるか遅くなるか急遽経路が変わるか、常にそうだった。
今回だってもちろん予定の帰国便の予約は入れていた。その日付は八月二十五日、了平の誕生日の一日前だ。
日本を出たのは二週間ほど前。帰国は君の誕生日には間に合わないと言い切って彼と離れたけれど、だけどもしも間に合うのならば、そう思ってこっそり予約をしておいたのだ。今年の誕生日は珍しく日本にいるのだと、少し寂しそうな顔で笑った君に、できれば隣でおめでとうを言ってあげたかったから。
でもこっちに着いてさっそく僕はその予定を諦めた。どうあがいても終わりそうになかったし、過程はお世辞にも順調だとは言えなかったから仕方がない。
それが今ようやくここにきて、ここ三日ほど前からの急速な展開と作業効率に僅かな奇跡が見え始める。間に合うかも知れない、僕の直感が間違っているはずがない。
思えば思うほど間に合うような気がしてきて、僕は自分でもこんなに逸ったのは初めてなんじゃないかってほど気が逸った。草壁が驚きの表情を晒したまま何度も口を開いては閉じていたから、きっと「いったいどうされたのですか」と問いたかったんだと思う。そんなこと、今はどうだっていいんだけど。


日本への到着予定時刻は午後九時四十分。入国手続きをしてあれしてこれしてと、空港を出る頃には十時半を回っているだろう。そこから並盛のマンションまではおよそ一時間十五分。飛ばせばもう少し早く着くかも知れないけど、草壁も長旅で疲れているだろうから無理をさせてやるわけにはいかない。ぎりぎりか・・・。
といった僕の予想はほぼ合っていて、飛行機の到着が若干遅れてしまったのは痛かったけれど、なんとか腕時計が零時十分前を示す頃にマンションへと辿り着いた。
了平はもう寝てるかな。寝てるだろうな。もしかしてあいつめ、何処かほっつき回ってるんじゃ・・・。
そうして握ったドアノブの向こう、人のいる気配にほっとする。残りあと五分で日付は変わろうとしている。



         
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