文章4

□言葉と情熱と繋がらない気持ち・雲雀ver
1ページ/3ページ




新しい浴衣か、どうしようかな・・・。
いつものよりちょっと高級だからって箪笥の中で眠らせててもどうしようもないことだし、でもかと言ってこんな日に着るのもちょっと癪だし、いやでもせっかくだし新年なんだし。そうだな、一年の始まりなんだから、ここはひとつ新調して間もないこの浴衣を着用することにしよう。普段と同じ黒だけど。
ん・・・いや待て、年の始まりに黒ってどうなんだ。晴れ晴れしい年明けに黒か・・・、ここはもっと鮮やかな色のほうがいいかな・・・。
でもこの浴衣は黒は黒でも違う黒なんだよ。そう、なんってったって素材が違う。僕が普段部屋着として着用している浴衣とはまた別格の、高級素材浴衣なんだから。普段のも決して安くないけど。
ほらこの光沢。うん、やぱっぱり違うな。だから黒でもありだろ。 ・・・・・・・・・でも黒か・・・。
やっぱりここは普段と違う色を着て、ちょっとイメージチェンジ的な感じでいくべきかな。いやでもそれはそれで色々ばればれのような気がする。それだけは絶対いやだ。やっぱりここは、黒は黒でもちょっと高級な黒にしておくべきだ。
そういやおせちの準備は万全に整っているのだろうか。哲に任せておいたから多分間違いはないはずだけど、やたらと練物ばかりが詰まってるようなおせちは避けたい。色形が違うだけで食べたら全部かまぼこですみたいな、もっと入れるもの考えろよって、思わずつっこみたくなるような。かまぼこに豆が入ってるからってなんだよみたいな。

ってちがう、そうじゃない。おちつけ僕。
久しぶりに会うからって、ちょっと髪とか切っておけばよかったって鏡覗いてみたり、わざわざ浴衣のバリエーションを変えてみようとしてみたり、おせちの中身がかまぼこだらけになってやしないかとか気にしてみたり、ほんと浮かれすぎだから。そのうち畳の上でツーステップとか踏み出しそうないきおいだから。はしゃぎすぎだから。

十一月の中頃から日本を飛び出した了平が帰ってきたのは二日前で、年末年始にかぶるからと言って彼はそのまま実家へと戻ってしまった。僕にはその報告の電話があっただけだ。それも三日前。
寂しいだなんて間違っても言わないけれど、ちょっとくらいこっちの気持ちも汲んでくれとぼやいたのを覚えている。いつものことだけどさ。
そんな、空気も僕の気持ちも全く読めない男でも、元旦早々にはさすがに電話があった。すなわち今日の朝。
昼から顔を出せそうなんだが空いてるかって、そんなの無理やりにでも空けておくに決まってるだろ。どれくらい会ってないと思ってるんだ。
昼って何時くらいなんだろうとかそわそわしつつ、髪を切っておけばよかったと鏡を覗いてみたり以下略、そうして着々と準備を整えていく。僕の記憶の中にある了平の顔と、今現在の了平の顔はどれくらい違うんだろうか。楽しみなような、そうでもないような。
早く来ればいいのに。





・・・だからさ、了平だけだと思い込んでいたからさ、それ以外に人がいるとこっちも反応に困るんだよ。付録なんてまったく予想も望んでもなかったんだけど。
浮かれそうになる足取りを隠すためにゆっくりと客間へ向かい、そしてわざと一間置いてから襖に手を掛けたわけだが、その襖を開けた瞬間に聞き慣れない声が飛び込んできて思わず目を丸くしてしまった。
「新年好! お久しぶりですヒバリ!」
「極限明けましておめでとうだなヒバリ! 今年もよろしく頼むぞ!」
いやもう目といわず口まで開いてしまったよ。独特の朱い民族衣装を着た男が、座椅子からにこにこと愛想を振りまいているとはどういうことだ。
派手な民族衣装の隣には、僕が今か今かと待ち望んでいた男。一応礼儀を弁えているのか彼は普段着ではなくスーツ姿だった。
前言撤回だこのやろう、誰が待ち望んでなんてやるか。
「・・・・・・なにしてんの」
僕は普段より更に低い声で唸るように呟いた。なんで二人で一緒にいるんだ。僕に会いに来たんじゃなかったのか。
「新年の挨拶だが」
「そうじゃない。なんで居るのかって聞いてるんだ」
「行くと言うといただろーが」
だから違うって言ってるだろ。
「だから僕が言いたいのは、どうして君以外にも人がいるのかってことだよ」
言葉の意味をようやく理解したらしい了平が、隣の男を見遣ってから再び僕に顔を向ける。そしてだらしなく相好を崩してへらりと笑ってみせた。
「日本の正月を体験してみたいと言われてな、こないだ一緒に帰ってきたのだ」
「リョウヘイのおうちでお世話になってます。リョウヘイのご家族は皆さんお優しいですね」
聞き捨てならない台詞たちに僕の眉が引き攣った。一緒にって、なにそれ。僕には電話だけだったのに。
「どういうこと」
「最終日に空港で落ち合ってな、そのまま俺の実家へ来てもらったのだ。客人を放り出すわけにもいかんし、実家のほうが正月気分を味わえるだろう」
任務中からずっと一緒だったわけじゃないのか・・・。見当違いな安堵を覚える僕も馬鹿だけど、かといって二人が年末年始を共に過ごすという事実を許すわけではない。いくら実家とはいえ、それこそ了平の家族に正月早々紹介されているのが僕でなくこの男ってどうなんだ。
「中国では国慶節と旧正月があるので、新暦での正月はあまり大きく祝わないんです。宗教にもよりますけどね。だから日本のお正月楽しいです。オゾウニも美味しかったですし」
大人しく中国で正月しておけよ。聞いてもないのにべらべらと説明を述べてくる男を横目に僕は了平を睨みつけた。しかしながら了平は、そんな僕の目線に気付くことはない。
そもそもさ、座卓のあるこの客間でなんで二人の配置が隣同士なんだよ。僕が来るまでは二人しかいなかったんだから、向かい合って座るだろふつう。それからこの二人・・・。
「・・・酔ってるの」
「今日は朝から呑んでも良い日だろう!」
「オトソというものをいただいてきました〜」
そろっていい具合にほろ酔い気分らしい。朝から食事が豪華だったという中華男はへらへらと笑いながら、赤い頬を了平の肩に押し付けた。



         
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ