文章4

□美味しい食事
1ページ/2ページ




彼というか彼女というか、かの人はいまどき若い女でも着ないような愛らしいエプロンをつけて、鼻歌交じりにキッチンと向き合っていた。
綺麗に手入れされたシステムキッチンは彼にとってもお気に入りの場所のひとつらしい。ポイントはなんと言っても上品な黄色で統一されたデザインと、七面鳥だって丸々焼けるほどの大きなオーブンだそうだ。
大小様々な鍋やフライパンたちが見事なバランスで並べられたキッチンを横目に、雲雀は感心したように息を吐いた。
「よくもそこまで揃えたもんだよ・・・」
まるでどこぞの料理教室さながらだ。雲雀は肩を竦めて、少々抵抗を感じつつも黄色とピンクでデコレーションされたハート型のクッションに身を沈めた。
決して広くもないアパートメントの室内は綺麗に整理されている。
アンティークを基調とした家具や食器類は色合いこそ派手であるものの下品な印象はなく、花柄やハートのプリントがいたる箇所に散らばるそこは、絵に描いたような女の子の部屋だった。
センスはいいんだよ、あのオカマ。
雲雀は再び溜息を吐いてキッチンを動き回るかの人物に視線を向けた。彼がオカマと言い捨てたかの人は、身に着けたエプロンの白いレースを翻して料理に勤しむ、ボンゴレお抱えの精鋭暗殺部隊の一員であるルッスーリアだ。
ルッスーリアはその大きく逞しい身体におよそ似合わないくねくねとした仕草で鼻歌を口ずさみながら、ミニトマトのチャームがぶら下がったおたまを口元へと運んだ。そうして一口味見を終えたところで、おいしいと満足気にうなずく。
「ん〜、アタシってほんと天才だわ!」
何が嬉しいのか意味もなくくるりと回る彼を冷めた目で見遣って、あいつがそう言うんだったら間違いないんだろうと雲雀もまた頷いた。




イタリア中のあらゆる都市を駆け回ったあと、ようやく拠点であるナポリへと戻った雲雀は、自身の空腹を実感するや否やその足で彼の部屋へと向った。携帯を鳴らせば三コール目でルッスーリアは電話に出た。
「おなか空いた。なんか適当に作っておいて」
雲雀はそれだけ告げて電話を切り、草壁を適当に解放して一人彼のアパートメントへと出向いた。残暑の残るナポリの町は少し動けばうっすらと汗ばむほどの陽気で、きっちりと締まったネクタイが窮屈だった。
緩めたタイをそのままに、脱いだジャケットを無造作に抱えてタクシーを降りる。
見上げた四階建ての白い建物はやはり外観も洒落ていて、小さいながらもそこが中々の物件であることを醸し出していた。



目の前に並べられた料理を次々と口に運びながら黙々と咀嚼する。その動作を三度ほど繰り返したとき、目の前のオカマがふうと息をつくのが見えた。
雲雀は顎を動かしながら相手を見上げた。
「なに」
「珍しく良く食べてるわねアンタ。イタリアン、好きだったかしら?」
「うまければ食べるよ」
おなか空いてたんだと付け足して再び食事に集中する。出された料理の名前なんて半分以上わからなかったが、それらはやはり想像以上に旨かった。基本はトマトとチーズとオリーブオイルと塩とにんにくだと言っていたが、一体どんな分量で混ぜ合わせればこんな味に仕上がるのだろうか。
思い立ったように出向いたものの、ここを選んで正解だったと雲雀は自賛した。なんにせよメシがうまい。

「これ、なに」
「プッタネスカ」
「これは」
「ミネストローネよ。知ってるでしょ」
「これ」
「豚肉のピカタ。・・・あんた質問してくるのはいいけど、名前の意味はちゃんとわかってるの?」
「ううん、まったく。これおいしいよ。ピザもうまい」
「・・・よく食うわね・・・・・・」

出された料理を褒めてやる世辞など常日頃から持ち合わせてはいなかったが、このオカマの料理だけは本当にうまいから困る。だから素直に思ったことを口にする。
トマトとチーズとオリーブオイルに、小麦粉で作られたパンやパスタ。イタリアで食らう食事の殆どがこれらを主としたものばかりで、いい加減イタリア料理にもうんざりしてきた頃、雲雀は思い出したようにここへやってくる。
彼の手により作り出されるものもやはりイタリア料理なわけだが、味がまったく異なるのだ。外で売られているイタリア料理たちは一体何なんだと思わずにはいられないほどに。
雲雀は時々、彼お手製のイタリア料理を無償に食べたくなることがあった。

ルッスーリアの手料理を半分ほど平らげたところでようやく一息ついた雲雀は、自分が予想以上に空腹だったことに今更ながら驚いた。
彼は差し出されたペリエを大人しく受け取った。口に含むと爽やかな炭酸が舌を刺激した。
「なにしに来たのよ。どうせ了平ちゃんと喧嘩でもしたんでしょ」
「べつに」
「了平ちゃんは今どこにいるのだったかしら」
「知らない」
炭酸水を無表情で飲み下す雲雀をサングラス越しに眺めた。そうしてわざとらしい動作でぽんと両手を打つ。
「そうそう、確か香港だった気がするわ。そうよ、アンタそっくりのあのアルコバレーノの一人・・・えーと、なんて言ったかしら。その何とかとかいう男と一緒に香港に行ってるんだったわね」
雲雀が途端に唇を歪めた。その表情はあからさまに不機嫌で、如何にもその話題には触れてくれるなと言いたげである。
ルッスーリアは口端を上げて笑った。
「あらあ、もしかしてそれが気に入らなかったりするの? アンタってほんと、わかりやすいわね」
「咬み殺すよオカマ」




        
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ