文章3

□宵泣き恋水琥珀色
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今日は呑みたい気分なんだよ。

そう言ってやったら哲は苦い笑いを一つ零した。
「では、お付き合いいたしやしょう」
余裕のあるその笑みがムカつくけど僕よりずっと大人びてて格好よく見えるのは今に始まったことじゃない。僕と同じ歳のはずなのに、ずっとずっと昔から僕より何段も下の位置で僕に忠誠を誓って、だけど僕よりはるかに大人びた粋な男。悔しいけど男前だ。
片手で数えても余るくらいしか来たことがない哲の部屋は、相変わらず哲らしい部屋だった。
八畳一間のリビング兼ダイニングに小さなソファと低いテーブルが一つ、向かい側にテレビがひとつ。薄い引き戸一枚で隔てられた奥の寝室はその扉をワイドに開いていて、ストライプのカバーでコーティングされたセミダブルサイズのベッドは綺麗に整えられている。この身体にあのベッドじゃちょっと小さいんじゃないかと思う。どうでもいいことなんだけど。
カラカラと氷の回る涼しい音を響かせて僕はグラスを持ち上げた。ガラスに厚みと重みのある大きめのグラスは表面にカットが施されていて、ウイスキーの良く似合う成りをしていた。中に注がれているのは琥珀色の液体。
安物でも味はしっかり、今夜は二人で呑みたいの。
謳うならこうだな、歴史も古い角瓶だ。手頃な値段で美味いウイスキーが飲めるから良く買うのだと哲が言っていた。今さっき。
ウイスキーなんか似合う男になっちゃって。悔しいから言わないけど。
味なんて僕には分からない。日本人なら日本酒だろって、そんなこと言うのは古いかな。でもウイスキーの味はわからないけど日本酒の味ならわかる。僕の自慢だ。
バーボンの味もわからないけど焼酎の味なら分かる。ウォッカも知らないしブランデーも知らないし、ワインなんてくそ喰らえだこのやろう。
あ、考えたら腹が立ってきた。悔しい、涙まで出てきそうだ。
哲が男前なのもウイスキーが似合うのも僕が古いのもワインがふざけてるのも涙が出そうなのも、さっきから僕は全てにおいて悔しいとしか言ってない。
喧嘩した。ああ喧嘩したさ。白熱の大判立ち振る舞いで喧嘩してやったともさ。
声のデカさで負けて悔しくてムカついて遣り切れなくて、一発殴って飛び出してきてやった。また悔しいだよ。何回悔しがるんだよ僕。

「恭さん」

低い穏やかな声で呼ばれて少しだけ我に返った。哲のものであるソファを僕は独り占めしていて、当の本人は床に直座りして僕を見上げていた。
「少しペースが早いのでは」
「うるさい。僕に説教するつもり」
開始から僅か一時間。角ウイスキーは既に二杯、僕の胃の中に収まってしまっている。しかもこのグラスというよりジョッキみたいな大きさでだ。
四十パーセントのアルコールを少しの氷で冷やしただけでは薄めたとは言わない。現に頭の中はいい感じにほろ酔いだ。呑みたい気分だって言っただろ。
空になったグラスを差し出して注げと目で訴えてやったら、彼はおもむろに立ち上がって冷蔵庫へと向かった。そして暫くしてまた戻って来た。
「せっかくですから、長くゆっくり酔いたいじゃないですか。なのでこうしましょう」
何をするのかと思ったら、哲は新しいグラスに大きな氷を一つ、また一つと入れ始めた。
洋酒に似合う大きな氷は三つも入ればはみ出てしまう。そのグラスに、今度はあのウイスキーを三分の一ほど注いだ。
「対比は一対三が一番美味いのですよ。ソーダを入れたら一回かき混ぜて出来上がりです」
何かの演説でもしているかのようにすらすらとそんな台詞を口にしながら、彼の大きな手は器用に動いて中継を繰り出している。
ウイスキーが一に市販のソーダ水が三、最後にレモンを絞ってはい出来上がり。角もソーダも良く冷えていることが鉄則。
差し出された液体は確かに僕の渇きを刺激した。食欲・・・ではないな。飲みたい欲は何て言うんだろ。
「角ハイボールです。さあどうぞ」
はいぼーる?何それ。
その質問は口に出さずに、とりあえず良く冷えたそのはいぼーるを受け取って飲んでみる。ウイスキーと抜けてない炭酸の刺激と仄かなレモンの香りが、すっきりとした味わいを作り出している。
すごいな。これはすごい。
「・・おいしい。君はいつもこうして呑むの」
「はい。私も初めて飲んだときは驚きましたよ」
確かに飲みやすいかも知れないな。少し飲みたい気分のときはちょうどいいのかも。
「何もかも忘れるくらい飲み明かすのもいいですけどね。ですが今日は、恭さんとゆっくり呑んでみたいのです。ほら、唄もあるじゃないですか」

ウイスキーがお好きでしょ。もう少ししゃべりましょ。

得意げに歌って哲はグラスを持ち上げた。こいつも結構酔ってるな。
「ねえ。あらためて乾杯しようか」
「へい」
ごつりと鈍い音を立ててジョッキ大の厚いグラスが鳴った。ハイボール、なんだかいい響きじゃないか。
あいつが呑む気障なワインより全然うまい。値段だって安くつくし。
あと三杯呑んだら再戦を挑みに戻ってやろう。あいつの前でハイボール呑んでやる。



送ると言い張る哲を制して夜道を歩きながら帰った。日中の日向とは裏腹に、風はもうひんやりとして涼しい。
ウイスキーがお好きでしょ。もう少ししゃべりましょ。
そこしか知らないけれどそこだけ何度もローテーションさせて口ずさんでいた。しっとりと二人で乾杯、なんか大人の唄って感じがする。
僕だってこのCMを見たことくらいはある。・・・気がする。
見慣れたマンションの前に着いたら見慣れた男が立っていた。こんな、部屋の前でもない建物の前にいるなんて馬鹿じゃないのか。
しかもTシャツとスウェットにサンダルって、髪も立ってないし。
「・・・俺は明日、早いと言っただろう」
「言ったっけ」
「もう今日だ。六時には家を出んと行かんというのにもう二時だ。それから更に二週間、俺は海の向こうだ」
「ふうん。で?」
「俺を淋しがらせるな!」
なにそれ。心配させるなでもなく怒らせるなでもなく淋しがらせるなって、なんて利己的な発言だ。
「馬鹿じゃないの」にするか「ふざけるな」にするか「死ね」にするか。
どの言葉が一番しっくりくるだろうかと考えてたら、目頭からさっきのハイボールが滲み出てきてどんどんどんどん溢れそうになる。のみすぎたハイボールが僕の瞼を押し開けて体外に出て行こうとする。

さっきまで口ずさんでいた歌がまた頭を回った。しっとり二人で大人な気分。
今日は朝まで一緒にいたいの。
了平が目を丸くして僕を見た。僕も目を丸くして了平を見た。
まちがえた。一緒に呑みたいの、だった。




おわり UPDATE 2009/09/02

要は雲雀さんも酔っ払っているということです(笑)
了平へはもちろん草壁が連絡。了平は部屋で寝ずにずっと待ってました。
それにしてもあのタイトル・・・。何考えてつけた昨日の私。
何せ酔っぱらいが書いてるので文章むちゃくちゃですすみません。。

  

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