文章3

□なまえ
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「あ。こんにちは雲雀さん。お久しぶりですね」
花の咲くような笑顔とはまさしくこのことだ。
色素の薄い長い髪を高く結び大きな目を三日月型に作りあげて、笹川京子は夏の日差しに負けないくらいの明るい笑顔を作った。
涼しげな青いワンピースを着ている彼女の腕には、大きな鞄と見たことがあるカジュアルブランドの紙袋がぶら下がっている。
「どこかへお出掛けかい?」
「あ、違うんです。昨日から泊りがけでゼミの友達と一緒に勉強会をしてて、今帰るとこなんです」
「そう」
泊りがけで勉強会ね。京子が言うんだから嘘はないだろうが、あの男がそれを知っていたのなら妹が心配なあまり10分に一度は電話してそうだ。そのトモダチが男なんじゃないかって余計な心配をしてね。
僕が目的とする場所と彼女が行かんとする場所は全く正反対だったようで、僕の返事を聞いてそれっきりになってしまいそうな会話を気にしたのか「今日も暑いですね」と京子は口にした。
確かに暑いけどそれでも擦れ違いに長い間は作れない。
なるべく不快な思いにはさせないでおこうと精一杯の笑顔で笑いかけてやったら彼女は嬉しそうな顔をして、それから何を思い立ったのか手にしていた紙袋を漁り始めて、所謂女の子用のファッション雑誌を僕に手渡した。
「良かったら読んでください。ここに載ってる占い、よく当たるんですよ」
にっこり笑ってそんな風に言うもんだから差し出された本を受け取らないという選択肢は外されてしまった。
何故僕がこんな女の子用の雑誌を嬉しそうに渡されなくちゃいけないのか。こないだの了平のぱんだと言い、この兄妹の天然っぷりはさすが兄妹と言ったところだろうか。
それとも二人から見た僕のイメージってこんな感じなのか?そんなはずは。
「・・・君も読むんじゃないの」
「あ、私はもう読んだからいいんです!それは雲雀さんにプレゼントします!あ、要らなかったら捨てて下さいね・・・!」
「・・・・ありがたく受け取っておくよ・・・」
要らないと思えばすぐにでもゴミになってしまいそうなんだけどここはプレゼントとして扱うことにすることにした。
辛うじて書店の袋に入っているその雑誌を手にしたまま、僕は彼女と別れて目的とする場所へと向かった。







「さっき京子と擦れ違ったよ。なんか友達の家からの帰りっぽかった」
「そうか。元気そうにしていたか?」
「うん」
「そうか、それは極限だな!今日の晩飯は何が良いヒバリ!」
京子が元気かどうかなんて十分に知っているくせに、僕の返事に気を良くして了平はいそいそとキッチンへ足を踏み入れた。
それを横目で流してから晩ご飯のリクエストにカレーを上げてみる。今日は美味しそうなナスを仕入れてきたんだとこれまた嬉しそうな顔をして、夕飯となるなすびカレーを作り始めた。
「なすびカレーではない!ナスとトマトの夏カレーだ!」
もう何でもいいじゃないか。トマトが増えただけだろ。
そう言と了平は心外そうな顔をしてムッと唇を尖らせた。
「馬鹿もん!オシャレ度が違うだろうが!!」
何がオシャレ度だ極限馬鹿め。放っておいたら赤地にでかでかと『極限』と書かれたタオルを巻いて外に出そうな男がオシャレを語るな。



了平がキッチンに篭っている間、僕はと言えば京子から貰ったプレゼント(古本)をぺらぺらと捲っていたりする。
占いの結果はまあ良かった。というよりどうでもよかった。今月の僕のラッキーアイテムは花柄のポーチ。そんなもんどうしろって言うんだ。
星座別に分けられた占いのページは、タダでさえ1ページしかない上にその中に12通りの結果を書き出している1つを読むのだから、時間潰しにもならないくらいの時間で読み終えてしまった。
とりあえず京子に薦められた占いは読んだし、かと言ってカレーが出来るまでは暇だしで、最初のページから一枚ずつ流していたりするわけだ。あ、この女の子は中々僕の好みかも知れない。
自分好みの女の子を見つけるといいんじゃないとか思うのに、了平好みな女の子が出てくると何かムカついてる僕ってどこまでどうなんだ。
当たり前にこの雑誌には女の子がいっぱい出てきていて、曲がりなりにもモデルをやっている彼女達はそこそこ皆可愛い顔をしているから、何となくだけどこの雑誌は了平に見せたくないとか思ってしまったり。了平がカレーを作り初めてまだ20分も経っていないというのに、僕の頭の中ではこの20分間で沢山の女の子達と了平との妄想が広がっては消えていた。そして無駄に気分が悪い。
「ヒバリー。ナスは大きめがいいかー?」
「デカいのは好きじゃない」
丸々一個入るわけでもなし別に大きさなんか何でも良かったんだけど、気分が悪い僕としては彼の言葉に素直に同意してやるのが悔しい。
そんな僕の自分勝手な天邪鬼にも気にすることはなく、了平は一度切ったナスを鼻歌交じりでもう半分に切り分け出した。
あ、なんか今ものすっごくあの男に抱きつきたい。なんだろう、こう、身体の芯がむずむずする感じ?
もし許されるならば「しゅき〜」ってハート付きで甘えた声を出して、思いっきり胸に飛び込んでやりたいくらいだ。僕のイメージがあるからしないけど。
いやぱんだならそれもありか・・・・?
下らなさすぎる葛藤に頭を悩ませつつ目だけは雑誌のページを追っているから人間て不思議だ。前半の1/3が過ぎるとモデルの女の子達のカラフルなスナップ写真は消えてありがちな読者コーナーに移り、この頃には僕の雑誌に対する興味も全く薄れてきて、文字を追う目は段々と興味の対象を別の物へと移していく。
やっぱりと言うかその興味の対象はキッチンにいる了平で、視線を遣れば彼がまだも鼻歌を歌いながら手を動かして鍋に茶色い塊を放り込んでいるのが見えた、その瞬間に僕の目は雑誌に引き戻されてしまった。

『付き合って二年になるのに、彼は私のことを一度も名前で呼んでくれたことがないの!これって愛されてないってこと!?』

大きく赤い文字で書かれたキャッチフレーズに僕の目は釘付けだ。ニックネームはぽっけだ。
読めばこの相談を雑誌に投稿したニックネームぽっけは、付き合って二年になる彼氏が一度も自分を名前、即ちギブン・ネームで呼んでくれたことがないらしく、いつも名字でたまに「おい」か「お前」で呼ばれるらしい。
んん?これって誰のことって僕のことじゃないのか?

『二年にもなるのに彼は私の名前を一度だって呼んでくれたことないし、私の名前を知っているのかどうかも怪しいくらいで。やっぱり愛されてないからなのかなぁ?』

はっ。二年如きで何を。僕なんてざっと十年だよ10年。「一昔」で括れるんだよ十年。
そうだよ。あの男はこの十年間でたった一度ですら僕を名前で呼んだことがないじゃないか。
二年如きで愛されてないと言う理由ならば、僕のこの十年は一体どんな理由から成り立っているって言うんだ。考えたら腹が立って仕方ないったらない。
とりあえずぽっけの相談に対してなんてコメントがなされているのか、ここは読んでおかないと僕としても気が済まない。早速目を遣って文字を追えば、相談相手となる編集側のコメンテーター通称みかんの返事は、

『それは大問題!もしかしたら彼はアナタのことを恋人とは思ってないのかも!?友達扱いされたりしてない?今一度二人の関係に見直しが必須!!』

だった。
なにこの返事は。本気で相談に乗ってやる気があるのかみかん。ぽっけの相談の返事がこれって、どうでもよさそうなのが出すぎだろうみかんめ。
誰だこんな奴を相談相手として辞令した馬鹿は!思いっきり人選ミスってるだろ!!名前一つで恋人以下だなんてどうしてそんな結果になるんだよ!
どんな見直しが必要だって言うんだ!!





     
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