文章3

□ラブズインホテル
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「ねぇ、もう疲れた。完全に道に迷ったんだよこれ。どっかで休もうよ」
助手席に座る雲雀が、疲れたのか痛むのか、何度も尻の位置を直しては狭いシートの上で身じろぎする。
なんとなく道に迷い始めてからすでに三時間だ。ぐるぐると同じような場所を回っては、こんな狭い空間と狭い椅子の上に三時間も尻を押し付けていたのだから、痛むのも仕方ないと言えよう。そして認めよう。
そう。俺たちは間違いなく迷子になっている。

元を正せば単純なノリがきっかけと言うか原因と言うか。
せっかくの休みだし今日はどうしようかと朝飯を食いながら話をして、それから温泉もいいなという流れになって、それから二人で温泉を思い浮かべて出てきたのが、『二年か三年前の冬に行ったあそこの温泉が良かった』だった。
何処の温泉なのか何ていう名前なのか全く分からないまま、それでもなんとなく道は覚えている、確か車で二時間くらいだった、などの情報だけで二人してじゃあ行ってみるかと家を飛び出したのだ。
今思うと馬鹿すぎる。せめて名前くらいは調べて出て来るべきだった。
兎にも角にもなんとなくの記憶で辿ってきた道は当然何のアテにもならず、結局はこうして迷ってしまって見知らぬ土地を徘徊する羽目に陥っている。
外はもう真っ暗だ。家を出た時はまだ昼にもなっていなかったと言うのに。
「ねえ、もうめんどくさい。いいじゃない、適当にその辺のホテルにでも入ろうよ。お腹空いたし」
もともと大して役にも立っていなかったが今はすっかり助手の務めを放棄した雲雀が、それらしい建物が見えるたびにここに泊まろう、あそこに泊まろうと適当にも適当な案を提示してくる。車の中はとっくに飽きてしまっているらしい。
「ねえ聞いてるの了平。お腹空いたって言ってるんだけど。腰も痛い」
まるで子供みたいな雲雀の言動に溜息が出た。
「子供みたいだぞお前」
「なにそれ。だって疲れたんだよ車。運転もしてないし景色も変わらないし腰痛いし、それにもう真っ暗じゃない。今から戻るにしたって、部屋に着いたら一体何時になると思ってるのさ。だったら適当に泊まって明日帰った方がいいじゃないか。お腹空いたし」
長い文句を口にするときですらお腹空いたは欠かさない。要はかなり腹が減っているんだな。
「とりあえず飯でも食いに行くか。何か店はありそうか?」
「中華がいい」
またこいつは!何かしらの店すらあるかどうかな場面だと言うのに、どうしてそこで指定が入るんだ!
「中華に限定するな!余計に店が見つからんではないか!!」
「いやだ。僕は中華な気分なんだ。天津飯が食べたい」
「明日の夜に出前でも取ればよかろうが!」
「今食べたいの。了平、中華屋さん探して」
なんでこんなに我侭なんだこの男は!中華屋さんてなんだ、やさんて!!
どれだけ文句を繰り返してみたところで雲雀が己の意見を曲げるはずもなく、そしてどんな幸運なんだか強運なんだか、二十分も走らないうちに中華屋が見つかった。
奴の勝ち誇った顔が忘れられない。ほらみろと言わんばかりだった。



希望の天津飯を堪能できた雲雀は幸せそうに伸びをして、さっさと宿を探そうと新たなる目的を俺に伝えた。
だが俺としても疲れはあったから、適当にと言われるがままに適当にホテルを探して車を止めた。正確にはこれ以上探す気力が互いになかったのだ。
見た目には綺麗な外観の小さなホテルだった。階数は11階程度。
駐車場から入口に続くエレベーターに乗り込んでいざロビーに出てみれば、フロントらしいものも見当たらないし人も居ない。何処で受付をするのかと彷徨っていたら、少し離れた場所から雲雀の声が俺を呼んだ。
「どうした。人がいたか?」
「違う。これが受付みたいだよ」
雲雀の指差すものに目を遣れば、そこにはびっしりと並べられた部屋の写真と自動販売機のようなボタンが並んでいる。ここは・・・。
「ラブホテルってやつだね」
「やはりそうか・・・!」
昔、まだ俺たちが高校生だった頃、いわゆるそういう行為をする場所を求めてこの手のホテルに入ったことがある。
あの時は二人とも実家だったし、学校でするにも常に気を張っていなくてはならなくて、かと言って普通のホテルに泊まることも出来ず、そして出した答えがラブホテルだった。
並盛から五つも離れた駅のホテルの前に立ったときは、二人して緊張と恥ずかしさで真っ赤になって、入口をくぐるのに多大なる勇気がいった。
中に入ったら入ったで勝手がわからず、よく分からないまま選んだ部屋はでかいベッドの周りを囲むように鏡が連なっている部屋だった。あれは極限参ったな。
鏡ばかりに気がいって結局何も出来なかった。あんなので盛り上がるにはまだ若すぎたのだ。
かと言って今なら盛り上がるのかと言われても、今は今で無理だろうとは思う。鏡に囲まれていたすなんぞ、どう考えてみても盛り上がるどころかむしろ萎えるくらいだ。
「・・・鏡張りの部屋は極限断るぞ」
「僕だって嫌だよ。鏡に囲まれてるなんて、気が散って仕方ない」
そういえばあの時も失敗したねと、雲雀も過去の例を思い出したらしく小さく笑った。結局俺たちは至ってシンプルなレイアウトの部屋を選ぶことにした。
まあどうでもいいことかも知らんが、先ほどの気が散るという発言は、雲雀はもしかしてその気なのだろうか。疲れたとか何とか散々文句を言っていたくせに元気なやつだ。
そして俺はと言えば正直このまま風呂に入って寝たいというのが本音なのだが、今ここでそんなことを言おうものなら確実に仕留められるような気がするので極限言わないでおく。俺も大人になったもんだ。




    
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