文章3

□にちようび
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こんなのは僕の本心じゃない。少しだけ、少しだけだ。少しだけあいつが可哀相だって思ってやったりなんかしてるわけだから、だから仕方ないかなって。
慌てて服とか選んじゃったりしてるけど時間が無いだけなんだよ。そこんとこ間違わないで欲しいね。
携帯を覗き込めば午後1時40分を示した文字が一瞬だけ光った。なんでもうこんな時間に。電話を切ってからいつの間に30分も経ってたんだ・・・!


何もない日曜日の昼下がりに突然携帯が鳴った。出てみれば相手は笹川で、近くにいるから今から会えないかときたもんだ。
なんで僕がとか言いたかったことはいっぱいだったし実際言っていたりもしたわけなんだけど、最終的には高飛車に「しょうがないから行ってやる」と言い放って通話を切った。
僕の大事な日曜のひと時を笹川ごときに潰されるとは。
今日は読みかけの本を読んでゆっくりしようとか思ってたのにさ。要するに暇だったんだろうと言われれば咄嗟に言い返す言葉も出てこないかも知れないけども。
電話を切ってからの僕の仕事は早かった。だけどそれは取っ掛かりが早かっただけで、その後もたくさと時間を取られてたらまるで意味がないんじゃないのか。
慌てまくっているくせに一向に着ていく服が決まらないってどういうことなんだよ。一瞬学ランで行こうかとも考えたけど、その学ランいつ洗ってるんだとか思われても嫌だし。あいつに不潔だなんて思われたら何か人生の終わりって気がする。腹立つし。
いや、てかそもそも僕だって人間なんだから、そんな年がら年中学ランだけを着ているわけじゃないんだよ。確かに年間通して学ラン着ている日の方が圧倒的に多かったりもするけれど、Tシャツだって持ってるしトレーナーだって持ってるしセーターだってジャケットだってあるにはあるんだ。着用している姿をあまり他人に見せる機会がないだけで。
いやそんな言い訳はもういい、今はそれどころじゃない。とにかく何か着て行ったらいいんだよ、何をそんなに迷う必要がある!
仕方ないから行ってあげるとか言って気が乗ってないフリをしているくせに、だから着ていく服だってもう何でも良いんだよって決めたくせに、引っつかんだ服は自分的にお気に入りのものだったりする。
これを着るとちょっとここの形がいい感じに気に入るとか、そんなこと普段考えていないつもりだったけれど実は結構考えていたのかも知れない。
だけどとりあえず時間がないんだ・・・!何やってるんだ僕は!


カウントダウンに一層逸る気持ちを落ち着かせて玄関をくぐった。待ち合わせの場所は原付で5分もかからないような所だから、この時間なら充分に間に合うだろう。
春の日差しは暖かくて風も気持ちよかった。今日の天気は晴天だ、笹川にぴったりだな。
そんなことを考えながら目的の乗り物の止めてある場所へ向かえば、あるはずのものがそこには無かった。
もうほんと最悪だ。だから時間もないってさっきから言ってるのにどうして無いんだ・・・!
広い駐車スペースの隅から隅まで視線を遣ってみてもそれは見付からない。愛用の黒い原付。残念ながらこの家には一台しかないから、だからそれが無ければ代用もない。
ちょっと待ってよ、原付で5分もかからないような所だからって余裕かましていた僕の立場はどうなるんだ。今このタイミングで原付が目の前に出てきたら、僕は全ての苛立ちの矛先を原付に向けてしまうであろう自信があった。
だからなんで無いんだよ!早く目の前に出てこいよ!歩いて行こうものなら一体何時間かかると思ってるんだ!!
もうなんなんだこの無条件な苛立ちは!!
行方不明になってしまった原付に苛立ち過ぎて、今の僕には何故そこにそれがないのかなどとじっくり考えている余裕はなかった。腕時計の針は午後1時55分を指しているし、待ち合わせの時間は2時ちょうどだ。場所はここから原付で約5分。だけど歩けば確実に20分はかかる。
どうしたものかと苛々しながら時間もないのに考え込んだ。そして目に入ってきたものは、サドルが低めの赤い自転車だった。




最近の僕と笹川はと言えば、最近も何も相変わらず曖昧で微妙な関係で、恋愛感情が含まれるのか行き過ぎた友情を育んでいるのか良く分からないような状態だ。
笹川は携帯を持っていないから電話での遣り取りなんて滅多にないし、学校に居たってただ昼休みに一緒にぼけっとして何を話すわけでもなく、帰り道だって一緒だったりそうでなかったり。
口を吐く会話の内容は色気も何もあったものでもなく、進展も後展も見せない背の伸びない向日葵みたいな、そんな感じだ。
女生徒に人気が出てきているらしい噂もちらほらと聞く。別にそんなことどうでもいいんだけど僕には関係ないんだけどと気取りつつ、ちりちりと痛みを訴える心臓を押さえつけて何かを耐えた。


今日みたいに、こんな風に笹川から誘いがあるなんてかなり珍しい。いや、もしかしたら初めてなんじゃないの?
だから僕は少し動揺しているだけだ、珍しい笹川に好奇心が湧いただけだ、決して浮かれているわけじゃないんだ!
僕の信念に反してペダルを漕ぐ足はその回転率を更に上げている。頭の中でそんなことを考えているのに足の速度はさっきよりも上がって、まるで自分に言い訳しているみたいだった。
坂道は結構な重労働だ。大体なんでこんな急勾配なんだこの坂は。
だけど急いでいる僕はこれしきのことで降りたりはしない。自転車での坂道(登り)は自分との戦いかも知れない。
自転車の乗り方を忘れてはいなかったようで、気付けば僕はほぼ全速力な勢いでペダルを漕いでいた。一方通行もなんのその、自転車ってそういうの無関係だから楽だなとか思ってみたりしながらあっちこっちと飛び出して、車も人も僕の前進を阻むものは全て止めてやった。
けど最後の難関、この坂にまさかの苦戦中だ。誰が何のつもりでこんな角度を決めやがった。作った奴を見つけたら100回くらい往復させてやる。
これじゃ坂どころか滑り台だよ。下りの自転車のスピードを是非とも測定してやりたいものだ。

久しぶりの自転車で全速力坂道クリアした僕の息は随分と上がっていた。そこに他の理由も混じっているであろうことは目を伏せておこう。
もうすぐ笹川の待つ場所まで辿り着く。僕のタイムは自転車でなんと6分ちょっとだった。
あそこを曲がったらきっと笹川の姿が見えるだろう。でもその前にこの上がりまくった息を何とかしなくてはいけない。
曲がり角の手前で降りて深呼吸を繰り返した。4回目の深呼吸ともなれば乱れた息は大分と戻っていて、少しだけ姿勢を正して何気ないフリをして角を曲がった。




   
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