文章1

□夏の終わりの攻防戦
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ありえない音で眼が覚めた。いや音と言うか声と言うか…。
耳を裂く勢いでその声は僕がいる寝室に響き渡っている。
昨日は夏の終わりを思わせるように涼しくて、つい窓を開けっ放しで寝たんだっけ。
失敗した。ここは13階だし今までにも無かったから油断したな。たまにいるんだよね、上まで上がってきちゃうヤツが。

ベッドからほど近い場所にある大きめの窓にかかるカーテンの上にしがみつくようにしてソレはいた。
なんで中かな。せめて外側にくっついていれば窓の外に放り出すこともできたのに…。
夏が終わるのを嘆くようにジリジリと鳴き喚く大振りのギラキラした色をした蝉だ。
まるで早く出せと言わんばかりに一層ボリュームを上げてくる。

蝉と言うのは、夏を際立たせる風物詩的な存在で鳴き声を聴くと情緒を感じたりするものでもあるが、それはあくまで外で声のみを聴いた場合だと僕は思う。
こんな近くで、しかも寝室に入りこまれて鳴かれると、うるさくて適わない上に姿もなかなかグロテスクだ。
いやほんとどうしよう・・・。
人間誰でも苦手なものがある。僕は怖いもの知らずで強いと言う自信もあるし、幽霊とかそんなものは怖くもなんともないんだけどこればっかりは無理だ。虫は全般的に苦手なんだよ。
初めて了平に知られた時は「可愛いな」と褒められたんだかけなされたんだか、よくわからないことを言われた。
僕だって死ぬまで隠し通すつもりだったけど、一緒に住んでるし知られた原因になったモノがゴキブリだったから仕方がない。
虫の中でもとりわけあれはダメだ。絶対受け付けない。世の中からいなくなれば良いのにと本気で思っている。

ベッドの上から動けない僕を気にすることなく蝉は喚き続けている。僕は蝉から目を離せない。
とりあえず何とかしなくては。なんでこんな時に限って了平は出張中なの。
どうしよう。殺虫剤で殺すか?ダメだ。薬では瞬殺できない。
かと言ってトンファーで殴りつけて死体がぐちゃぐちゃになられてももっと困る。絶対片付けられない。
そして、得てしてああいう羽がある虫ってのは、薬を撒いた瞬間にこっち目掛けて飛び掛ってくるものなのだ。
それに蝉と言うのは6〜7年土の中にいて、地上に出て一週間でその寿命を終えると言う。
そんな儚い蝉の一生を簡単に潰してはダメだと了平が言っていたし。
了平の言葉はともかくとして、さすがの僕もそれは可哀相だと思うし。
僕の肩に乗っていた鳥が蝉に興味を引かれたのか、今にも蝉目掛けて飛び出しそうにしている。
そういや鳥って昆虫を食べたっけ。いやいやいや冗談じゃないから。あんなのを食べようものなら二度と僕には近寄らせないからね。
僕の気持ちを読み取ったのか鳥は大人しく肩の上に収まった。

    
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