文章2

□Let's get old with me
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もうすぐ新しい年が明けようとしている今日、急ぐ仕事もなくゆっくりと自分の屋敷で寛いでいたところに突然メールが届いた。

『今すぐ来い』

喧嘩売ってるのか。
時刻は午後11時を指していて、あと一時間もすれば今年も残すところ二日になる。
こんな時間にこの僕にこんなメールを送りつける度胸があるのは了平だけだ。無視してやろうかとも、何だこの偉そうなメールはとも思わないでもなかったが、了平からこんなメールが来るのも珍しい。
どうしようか大して悩むことなく、こんなくそ寒い夜中に偉そうに呼び出しのメールを送ってきた男の元へと向かった僕もどうなのかと突っ込んでやりたいのは山々だが、少し浮かれ気味な自分に潔く諦めもついた。
了平が一人暮らしをしているマンションのオートロックを合鍵で開けて、勝手知ったる何やらで彼の部屋へと足を運ぶ。中には了平一人しか居ないものだと思い込んでいたから、呼び鈴も何もなく鍵を差し込んだ。
あれ?鍵、開いてる?
カチリと音がして回るものだと認識していたそれは、鈍く引っ掛かって空回りをするだけだった。相変わらず不用心な男だとそれに対しても特に意識することはなかった僕は、部屋に足を踏み入れた瞬間に後悔した。
「あれ〜!?ヒバリじゃん!!めっずらしーのな!!」
「いらっしゃいヒバリさん!まさか来るとは思わなかったですよ!」
「げっ。なんで来んだよオメー」
「こんばんわです〜!どうぞこちらへ座ってくらさい〜!」
部屋のリビングに当たる場所には、彼の妹から始まって数えるのも名前を挙げるのも面倒臭いほどの人数の男女が所狭しと寄せ集まって、大きなテーブルを囲んで座っていた。
テーブルの上には食い散らかされた鍋の残骸と、いたるところに飲み干された酒類の空き缶空き瓶が転がっている。そこにいた人間も殆どが酔っていて、赤い顔をしながら僕の顔を見て何が面白いのか愉快そうに笑っていた。
何だこの集会。いつの間にこんな宴会が企画されていたんだ。
「ここ座れここ!」と手招きをする山本武は無視して、こんな下らないことの為に僕を呼び出した了平を殴ってやろうとその姿を探す。だけど見当たらない。
ちっと舌打ちしてやったら、それに気付いた金髪が「ああ!こっちだこっち」とニヤニヤしながら指を指した。
なんでこいつまでいるの。こんな下らない宴会のためにイタリアから出てきたってのか。
来年はイタリアから一歩も出れないようにしてやろうと軽く心に決めて、指が示す方向へ視線を遣る。
僕から見て一番奥の席に隠れて、了平は大の字になって真っ赤な顔でイビキを掻きながら、それは気持ち良さそうに眠っていた。そしてその了平の腕枕でこれまた気持ち良さそうに寝ている黒髪の女が一人。誰だっけあれ。確か黒川とかなんとか言う・・・。
見ればその女も真っ赤な顔をしていて、いい感じに酔い潰れた感がありありと伝わってくる。
いや、まあそんなことはどうでもいいんだけど。
なんで腕枕とかしちゃって二人して気持ち良さそうに寝ちゃってるわけ?なんで了平の腹に腕が回ってるわけさ。
ここは笑うところなんだろうか。笑って「なにやってるんだよ〜」と肩を叩いたりするべきところなんだろうか。
もし肩を叩くとすれば骨を砕いてしまいそうな勢いなんだけど、それはアリなのかな。ははっ。
金髪が「こいつらエロい!エロいよな!」とか言いながら赤い顔をニヤつかせて、寝ている了平と女をしきりに指差して僕の顔と交互に見比べていた。
「笹川兄〜!ヒバリ!ヒバリが来ましたよ〜!やばいですよ〜!」
あっはっはと豪快に笑って山本武が了平の脇腹を足先でつつく。それでも起きる気配の無い了平に「今はラブラブ中だから無理だわ〜」とか意味の分からない言葉を吐いて、また豪快に笑っていた。
「ヒバリさんどうぞ。ビールでいいですか?」
一人分の席を開けて、彼の妹が座れと促してきたけどそれどころではない。
馬鹿みたいにどんちゃん騒ぎをしている目の前の奴等を全て窓から放り投げてやりたい気持ちを抑えて、彼の妹に「帰る」とだけ告げて部屋を後にした。

やってくれた。最後の最後にこれか。せっかく人がいい気分で年越しをしようと思っていたのに全部が水の泡だよ。
了平の腕枕で寄り添うように寝ている姿が、腹に回された細い腕が何度も頭にちらついて離れない。いくら酔ってたからってあんなのはアリなのか。
胸の中の黒い感情が爆発しそうで、羽織っていたコートの前をぎゅっと握り締める。浮かれて家を出てきた自分が惨めで、冷たい風に泣きたくなった。

一人暮らしを始めた了平の部屋には人の気配が絶えることがない。僕が一緒に居ることがほとんどと言えばほとんどなんだけど、そうでなくても誰かしらお邪魔している。
あの男の性格には裏表がなく、それゆえ人には懐かれやすいのかも知れない。それは昔から知っていることだけどそんなことが言いたいわけではなくて。
これももう昔から知っているだろうと言われればそれまでなんだけど、あの男にはほんとに一度世の常識について勉強させてやりたい。どこの馬鹿が夜中に恋人を呼び出しておいて、他の女と仲良く腕枕して寝てるって言うんだ。
酔ってるから仕方無いとかそんな問題なのか?だったらなんで僕を呼び出すんだよ。だいたいあの宴会もどきだって、僕は何も聞かされてなかった。
誘われたって行きはしないけど、一言僕にあっても良かったんじゃないの。了平の予定を把握しておきたいって、それはそんなに我侭なことなんだろうか。

もう潮時なのかも知れない。あの男の突飛な行動には大概目を瞑ってやってきたけど、もう僕を馬鹿にしているとしか思えなかった。何度こんなことをしでかしたら気が済むんだ。
十年も付き合ってきた相手だからって気を抜いてるのか自分を曝け出しているのかは知るところではないが、全てが許されると思っているあの神経がもう我慢ならなかった。
最悪だ。なんでこんな年の終わりを迎えなくちゃいけないのさ。いい機会だ。年の終わり共にあの無神経筋肉馬鹿とも終わりだ。
滲んでくる涙を寒さのせいにして、ひたすら前を向いて歩いた。







     
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