文章2

□ラブストーリーは突然に 4
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笹川が手を手を引いて公園の中に連れてなんて行くから。
一年前の同じ冬に、寒さに耐え切れず死んでしまったあの犬が眠る土の上をそっと撫でた。
別にあの犬に何の情も感慨もあったわけじゃないけど、笹川があんなに泣いたから僕はそれを何となく忘れられなかっただけだ。
弱くて儚い命しか持たないあんな犬一匹に、どうしたらあそこまで情を籠められるのか僕には良く分からないけど、笹川が泣くほど哀しかったのなら、僕だって消えてしまったあの小さな命を少しは弔ってやってもいいと思った。
もう笹川が悲しまないように。

僕達は初めてキスをした。
まさか笹川にあんな行動力があったなんて思わなかった。
初めて仕掛けられたキスは軽く触れてすぐに離れてしまって、笹川は顔を真っ赤にしながらしきりに僕に謝っていた。
どうしてそんなに謝るのさ。僕だって満更なわけじゃなかったのに。
笹川が忘れろなんて言うから今度は僕から唇を奪ってやった。
なかったことになんてさせない。
君がちゃんと覚えているようにと腕に力を籠めて、飽きるまで何度も繰り返していた。
・・・・僕の所謂ファーストキスと言うやつは、笹川に捧げてしまう羽目になったわけだ。


「だけど結局は何も変わらないんだよね・・・」
読んでいた本から視線を上げて、窓から見える空に移す。
独り言のつもりだったのに、それは見事に同じ応接室にいた草壁に拾われてしまった。
「何かございましたか?委員長」
「・・・・なんでもない」
不覚だ。こんな独り言をよりによって草壁に聞かれてしまうなんて。
僕の返事に草壁はわかりましたと返して、すぐに途中だった作業を再開させた。
なんとなく恥ずかしくなって窓の外に顔を向ける。

だけど僕のぼやきも尤もだと思う。
さっきも言ったように、初めてキスをした後も僕達は何一つ変わらなかった。
あれから優に一週間は経つと言うのに、それから一度もキスはしてない。
手は繋ぐ。でもキスはしないし、その先なんて以っての外だ。
笹川の態度だって何も変わらないし、甘いムードなんてものは一つとしてないし、休みの日に何処か出かけるわけでもないし。
いや別にそんなことしたいって言うわけじゃないけど。
これじゃまるで僕がそう望んでるみたいじゃないか。

「委員長この件ですが・・・・委員長?」
迂闊だった。草壁が僕を呼んでいる声に全く気が付かなかったなんて。
返事を返さない僕を草壁は不審に思ったのか、いつの間にか僕の隣で立って僕がしきりに眺めている窓の外を一緒になって眺めていた。
「笹川了平ですね」
「なっ、なにが!?」
うわっ、思いっきり声が上ずってしまった。最悪だ。
いきなり僕の心を読んだように草壁が笹川の名前を口にするから・・・!
「いえ、笹川了平がグラウンドにいるものですから、てっきり委員長は笹川を見ているのだと・・・」
「そ、そうなの?」
そう言ってグラウンドの方に目を向けると、確かにそこにはジャージ姿の笹川が走っている。
「ああ・・・・」
あんなとこに笹川がいたなんて全然気付かなかった。
部活のトレーニングかな?ランニングなんて珍しいな。

これ以上余計な恥を晒す前に草壁を応接室から追い出した。
草壁は余計なことは言わない男だけど、あれで結構勘が鋭いから何か気付かれるかも知れない。
気持ち熱くなっている顔を掌で扇いで、僕はもう一度窓の外に目を向けた。笹川の姿を見るために。
グラウンドを何周回ったのかは知らないが、笹川は立ち止まって手にしているペットボトルに口を付けている。
息を切らして辛そうにしている部員らしき男に何やら言葉をかけたようだった。
まぁあの男のことだから、大方「これくらいのことで音を上げるな!」とでも怒鳴っているのだろう。
簡単に予想できる行動に、僕は微かに笑ってしまった。


・・・・・ん?
違和感を覚えて立ち上がる。窓を開けて下を覗き込んだ。
窓の下では相変わらず笹川がいる。それは別にいいんだけど、いつの間にそこに居たのか、知らない女が側に立っていた。
女が手渡したタオルを嬉しそうに笹川は受け取って、自分の額に流れている汗を拭っている。
何を話してるのかは聞き取れないけど、楽しそうに二人で笑って時折女が笹川の胸を叩いたりしていた。
へぇ。単なるボクシング馬鹿だと思ってたけど結構モテるんじゃないのあの男。

苛々してる自分に腹が立った。これは所謂嫉妬なんだろうか。
そう思ってまた自分に怒りが湧く。この僕が女相手に嫉妬なんてありえない。
こんな下らないことで嫉妬している自分にも腹が立つが、笹川に文句の一つも言えない自分も嫌だった。
だってそんな惨めなこと、この僕が出来るわけないじゃないか。







    
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