文章1

□山の唄声 一
5ページ/5ページ



恭弥は了平のことが好きだった。
もうずっと小さい頃から、太陽の様に笑っていつの間にか近くにいる了平のことを気付けば好きになっていたのだ。
一生言うつもりも無かったが、今日改めて了平の口から好きな女が出来たと言われるとどうして良いか解らなくなってしまった。
勢いよく学校の応接室の扉を閉める。
荒い息を必死で整えて、恭弥は了平の言葉を思い返していた。

こうなることは予想していたのに、いざその時が来るとやっぱり胸が苦しくなる。
了平だって男だ。好きな女も出来るだろうしいずれは結婚もしなくてはならない。
恋愛などには全く無頓着な了平だから、女が出来るのはまだまだ先だと思っていた。
その時には、笑って祝福してあげようと思ってたのに。

自分は男で了平が自分をそんな目で見る事など一生無い。
解っているのに、覚悟していたのに、こんなにも胸が締め付けられるものなのかと笑いたくなる。
動悸が早い。恭弥は滲み出てくる嫌な汗を何度も手の平で拭き取った。
落ち着け。これは覚悟していたこと。いずれそうなること。
明日からはまた普段通りに接することができるはずだ。
何度も自分に言い聞かせて、応接室の古いソファーの上に蹲った。
窓からは空に浮かぶ月が見える。
恭弥は初めて味わう胸の裂ける様な痛みを、月が癒してくれれば良いのにと思った。





それからひと月もしないうちに、了平には彼女が出来た。
そしてそれと同じくして、恭弥と京子の婚約が決まった。







NEXT→
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ