文章1

□山の唄声 一
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「じいちゃんきいてくれ!きょうな、はじめてひばりがわらったのだ!すごいだろう!!」
それは了平が言った通り恭弥が初めて了平達に微かな笑顔を見せた日だった。
了平は嬉しさのあまり、自分達の住んでいる離れの家に戻るや否や祖父にこの事を報告した。
了平は恭弥のことを「ひばり」と呼ぶ。恭弥に始めて名前を聞いた時、彼がぼそりと「ひばり」と言ったのが切欠になっている。
祖父は嬉しそうな了平の顔を見ると皺を更に深くさせて笑いかけ、頭を撫でてやりながら教えを説くように了平に言った。
「了平。良く覚えておきなさい。恭弥様はお前が一生お仕えする主なのだよ。お前は何があっても坊ちゃんをお守りするんだ。これだけは忘れてはいけないよ」
「おう!!おれはひばりをまもっていくぞ!おれのいのちにかえてもだ!!」
了平は祖父の言葉に元気良く返事を返すと、右の拳を天に向かって突き上げた。
そんな了平を祖父は優しく微笑んで見つめている。
年が同じなせいで、主と付人だと言う自覚を失いがちにならない様に祖父はいつも了平にこの言葉を聞かせていた。
今は良い。だけど大人になれば主従関係をはっきりさせなければいけない。
恭弥はこの十津蔵村地主総本家の六代目当主なのだ。
五代目は優しい方で、了平と恭弥が仲良くなればそれに越したことはないと言って下さった。
だけどその言葉通り育ってしまってはいけない。主と従の関係を了平に教えるのは、祖父である自分なのだ。








「ヒバリー!早くしろ!置いていくぞー!!」
「毎朝煩いよ。そんな大声で叫ばなくても起きてるから」
いつもの朝の風景が始まった。了平はいつも学校へ行く時、本家の庭から恭弥の部屋を目掛けて大声で叫ぶ。
昔から変わらない習慣だ。
あの両親の事故から七年が経った。十五歳になった恭弥と了平と一つ下の京子は、あれからずっと一緒に登校している。
今は村の中学へ三人共通っているのだ。

「おはよう恭ちゃん。今日も良い天気だね!」
「おはよう京子。ほんとキミ達兄妹は毎朝元気だね」
恭弥と京子が挨拶を交わす。これも昔から変わらない習慣だ。
「お前が元気無さ過ぎるのだ!一日の始まりは朝からだぞ!ちゃんと朝飯は食ってきたのか!?」
「煩い。大声出すな。僕は朝食は食べないの。毎朝同じことを言わせないで」
呆れた顔で了平を軽くあしらう。七年の月日がここまで三人の仲を変化させた。
川沿いにある土手の上を並んで歩く。季節は夏。
日差しは強いが、豊かな緑と美しい自然に護られた十津蔵村の風は涼しくて気持ちが良かった。
口では小憎らしいことを言っていても、三人で歩くこの通学路が恭弥は気に入っている。
風紀委員を務める自分と、部活動をしている了平、授業が終われば帰宅する京子、それぞれの帰宅時間は全く違う。
朝の通学の一時が、三人にとって癒される時間でもあったのだ。
「ヒバリ、お前また生徒をしめてただろう。もっと手加減してやれ。お前の強さは半端ではないのだからな」
「喧嘩売って来たのは向こうだよ。群れでかかれば何とかなると勘違いしてね。あんな馬鹿達はただじゃおけないな」
恭弥は学校でも一目置かれている。家柄もそうだがその強さも理由の一つだ。
毎日何かしら生徒達の屍を踏みつけて学校を仕切っている。
了平はそんな恭弥を誇らしく思っていた。絶対的な強さを持ち、村を愛する気持ちも強い。
了平は小さな頃からボクシングを祖父から習っていて強さを求めることに関しては人一倍貪欲で、それ故にいずれ自分の主となる恭弥の強さと誇り高さに、尊敬の念を抱いているのだ。



   
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