文章2

□ラブストーリーは突然に 2
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あの犬が死んだ日の翌日に、君は僕に言った。
昨日は僕が居てくれて良かったと。僕に助けられたと。
僕は励ましたつもりも助けたつもりもなかったのに、君はそれでもいいんだとただ嬉しかったとそう言った。
僕には君がよくわからない。
どうしてあの日の僕の言動で元気付けられたのか。どうしてそこまで喜んでいるのか。
馬鹿じゃないのかと思う。安上がりな男だと。
でも。
居てくれて嬉しかったと人に言われたのなんて初めてだったけど、僕はその相手が君で良かったと何となく思っている・・・ような気がする。





寒い。
二月も終わろうかと言うこの時期。とにかく僕の毎日の口癖は寒いだった。
積もるほどでもないけど一日に一度はちらほらと雪が降る日々が続き、僕達の居場所も屋上から室内へと変わった。
美術準備室の窓枠に凭れて、外の景色をぼんやりと眺める。
この窓から見える、今は裸のままのあの木々は、もう一ヶ月もすれば桜の花が満開になるんだろう。
桜が満開に咲く頃にもあの男は図々しくも僕の隣に居るのだろうか。

喧しい足音が聞こえてきた。もうすぐあの男が来るな。
いつの間にか待つことが当たり前になっている自分に呆れてやりたくなった。
「いい加減ボクシング部に入れヒバリ!!」
「やかましい」
こいつのこの台詞にもいい加減聞き飽きた。
ボクシングだか何だか知らないが、こっちの迷惑も考えて欲しいものだ。
入らないしやらないって言ってるだろ。
僕の「お前は鬱陶しい」を醸し出している視線を気にすることもなく、笹川はでかい弁当箱を取り出して僕のすぐ前の席に腰掛けた。
「ねぇキミさ。いい加減僕を勧誘するのやめてくれない」
「む。俺は諦めるのは嫌いだ!」
「諦めるとかじゃなくってね。君の場合はただ馬鹿なだけだろ」
「馬鹿ではない!ボクシング馬鹿だ!!」
「ほんとウザイよキミ」
どうしてこんなに話が通じないんだろう。ここまで来るともう一種の才能なのかも知れないな。
頭が痛くなって溜息を吐いても、この男は何も気にすることなく弁当を平らげている。
もう僕が諦めたようなものだけど、ものなんだけどね。なんせ腹が立つのは何故だろうか。
極力考えないようにして自分のお昼であるサンドイッチを口に運ぶ。
コンビニのサンドイッチは全然美味しくないけど、食べないとこいつが煩いから僕は食べる。
笹川が僕の腿を軽く突付いてくるから何かと視線を落とせば、弁当箱の蓋に乗せられた二つの玉子焼きがあった。
こいつは一度、僕が玉子焼きが美味しいと言ってからというもの、それから必ず僕に玉子焼きを分けてくれる。
確かに美味しいけど、他のおかずもあるくせに毎日玉子焼きってどうなんだよ。
貰ってる身だし別に何が食べたいってわけでもないから何も言わないけどさ。
もうちょっとその刈り込まれた頭使ってみたらいいんじゃないの。
まぁいいや。脳みそまで刈り込まれてるんだと思うことにしよう。
僕は手馴れた仕草で玉子焼きを摘んで、口の中へと放り込んだ。

食べ終わってから何をするわけでもなくて、なんとなく笹川に目を向けていた。
こいつもだいぶ大きくなったな。特に身体つき。
ガタイが良くなったのかな。まあ毎日あれだけ鍛えていたら当然か。
顔だって少し大人になったような気がする。
「ヒバリ、お前大きくなったな」
「なにが」
びっくりした。なんでこのタイミングでそんな話を切り出してくるのさ。
僕の心の声が口に出でもしていたのか?

「いや、背が伸びただろう?なんだか縦に長くなったような気がするのだ」
「そりゃ身長くらい伸びるだろ。君だってでかくなってるじゃない」
「いや、それはそうなんだがな・・・・」
笹川が言葉を詰まらせる。
顎の下に手を当てて唸りながら、次に続ける為の言葉を考えているようだった。
「何が言いたいのキミ」
「うむ。手足も伸びて大人っぽくなったのだなお前。出会った頃は可愛らしい感じだったのに」
中々続きを言わない笹川に苛々して先を促してやったら、意味不明な用語を吐かれて僕は理解に苦しむ。
「可愛らしいってなんだよ」
「あの頃のお前は女の子みたいだった・・・・ぶっっ!!」
予想してた通りの答えが返ってきて、笹川が全てを言い終える前に顔面を殴ってやった。
弁当を食べている途中だったけど構うものか。
「殺されたい?」
ありったけの殺気を籠めて睨んでやると、笹川は「なんでそんなに怒っているんだ」とでも言いたげな顔で僕を見上げていた。
そう言えばこいつ、僕と初めて会った時にも女なのかと思ったと言っていたな。
ふざけてるのか侮辱してるのかどっちだと殺してやろうとしていたのに、この男は素で僕のことを女だと思っていたようだった。
そこで僕は察したんだ。今までこいつは色恋沙汰には無縁だったのだろうと。
だからと言って別に僕が色恋してたわけじゃないけど。


「今年の一年は骨のある奴が来るだろうか」
「知らないよ。てか君、また勧誘するつもり?」
「当然だろう!!やっと我がボクシング部も形になってきたのだ!今年は更に部員数を増やして強化せねばならん!そして全国大会へ出るのだ!!」
目の前で筋肉馬鹿が力説しているけど、話なんてさらさら聞いてやるつもりもない。それより眠いんだよ僕は。
あくびをして眠いと呟いたら、今年はもっとお前にボクシングの素晴らしさについて語りつくしてやるなんてうんざりするような台詞を言いながら僕の身体を軽く揺すってくる。
「やめといた方がいいよ。キミの薀蓄は鬱陶しいだけだ。それじゃ部員が増えるどころか逃げられるんじゃない」
「なんだと!!あ、こらっヒバリ!そのまま寝る奴があるか!!」
笹川の声を聞きながら睡魔に勝てずに瞼を閉じる。寒い冬はこの暑苦しい男が丁度いいのかも知れない。
この男の声を不快に思わなくなってしまっている僕は、どこまでこの男に染み込まれてしまったんだろう。







    
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