小説
□彼の死、或いはそれに対する己の生
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手を伸ばしては願う。
生きることさえも望まない。
求めているのは瞼の裏にぼんやりと浮かぶ彼。
手首に増えていくのは浅はかな傷ばかり。
深く刻むつもりが、ただの擦り傷にしかならないのだ。
臆病な自分を傷つけてくれたのなら、きっと楽になれるだろう。
けれど、今はそれすらも叶わない。
「生きろよ、柳生」
昨日の夜、仁王が呟いた言葉。
柳生は答えに困って、仁王の独り言だと思うことにした。
今日は陽も昇らないうちに目覚めた柳生だが、不思議と頭は冴えていた。
隣にいる筈の彼はいなくて、空いたベッドから彼の体温は消えていた。
胸騒ぎに眉を曇らせ、明るむ浴室へ向かうと、そこには服を着たままの仁王の姿があった。
本来体を温めるための湯は完全に冷えていた。
浸された仁王の片腕からは、薄れつつも潔い、彼の命が流れ出していた。
抱き締めた体は硬く、柳生が顔を埋めて泣いた胸は静かだった。