□秘めた仮想恋愛
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あれから、数日たった。
 帰って来てからも私は京極堂との事が頭から離れなかったが、さしたる用向きも無かったのであの日から一度も京極堂を訪ねていない。無意識に避けていたのかもしれなかった。

 …あんな事が有ったからだ。私はあれからよく夢を見た。あの時の夢だ。狂おしい程甘く、そして酷く切なく儚い夢だ…。目が覚めると内容は殆んど覚えていないのだがあの時の夢だと私には判る…。
私はきっと逃げているのだ…京極堂から。



つらつらとそんな事を考え乍ら呆けているとリーンリーンと電話が鳴った。

「………京極堂…。…久し振りだね、…どうしたんだい?」
「…関口君ウチに来ないか?」
私の心臓は跳ね上がる。けれども口は思いの他流暢に動いた
「…うん…良いけど…?」
あれは旅先だけでの事だし…家には千鶴子さんもいる筈だから大丈夫だと高をくくって出た言葉だった。



 ―――ところがである。
呼ばれるままに私が京極堂を訪ねると京極堂はニヤリと笑って、千鶴子と雪絵さんは二人揃って出かけているそうじゃあないかと云う。
「…え…そんな…僕は何も聞いていないよ…」
私は何故か慌ててしまって悲愴な声を上げていた。京極堂は訝しんで私を見ると
「…何だ雪絵さんが報告を怠ったのがそんなに不満なのか?!きっと君みたいな胡乱な男に幾ら云った所で忘れるだけだと解っているんだな…」
「…何だいその言い草は…。…そうだ。今思い出した。確かそんな事を云っていたよ」
苦し紛れに今思い出した風に装う。ほとほと私は変な所で強情っ張りな様だ。
「……ほほう。僕が君に電話する前、此処で千鶴子と雪絵さんが美味しい甘味処があると話に華を咲かせていたから僕はそれなら食べに行く序でに映画でも観て来れば良いと勧めたのだ。雪絵さんが君の事を痛く心配していたから僕から関口君に伝えておくと申し出たのが今しがたの事だ」
私は顔を引き吊らせる。案の定京極堂は片眉を吊り上げて少々呆れ気味に
「そんな事を君は一体いつ知ったと云うのだね?」
 云われ私は赤面して俯く。私の取り繕った嘘など何もかもお見通しなのだ…この人相の悪い古書肆に敵う筈はないと解っているのに挑んでおいて勝手に自滅する。私は救い様の無い愚か者なのだろう。
…ふう。京極堂は溜め息をつき乍ら
「君の強情さには本当に呆れるよ…」
と云う。
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