□狂い人壊れ人愛し人2
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そんな事を話している内に宿に着いていた。温泉宿だという話だった。温泉に入れるのだと思うと少し嬉しい気分になった。案内されたのは何と眺めの良い離れの部屋だった。
「離れというのは人付き合いの苦手な僕には嬉しいが、男二人で離れもないだろう?」
「嫌なのかい?」
「いや…嫌という訳じゃないんだが…」
「じゃあ一体何がそんなに不満なんだ」
「いや、その…だって…」
「何だ。要領を得ない奴だなぁ」
そんな事を云われ、善く考えると何がそんなに不満なのか皆目判らない。…どうやら自分の考えは根拠の無い只の邪推なのであって、本当にこの友人は気を遣ってくれただけなのかもしれないと考え直し、
「いや、やっぱり何でもないよ」
と答えたのだった。後から考えるとそれも予測済みだったのだろうが、その時の私にはそんな事が判る筈もなかった。そして京極堂はそうか、とだけ答えてニヤリと笑った。
兎も角、そんな事はさておき折角温泉宿に来たのだからひと風呂浴びようという事になった。此処はどうやら露天風呂らしいのだ―――それを聞いた私は年甲斐も無く何だかはしゃいでしまった。すると案の定京極堂に、
「そんなにはしゃいで…そんなに嬉しいのかね」
と云われて私は赤くなってしまった。…とても恥ずかしかったのだ。

―――私は、鬱病である。

それは失語症、赤面症を伴う対人恐怖症でもある。直ぐに言葉があやふやになってしまったり赤面したりしてしまうのだ。
この友人は、其の事について理解がある。
「…別に恥ずかしがらなくても良いじゃあないか。はしゃぐのが悪いだなんて一言も云っていないがね」
「…まぁそうなんだが…」
私は黙り込んでしまった。そんな私を京極堂はチラリと見て嘆息する。
「まぁ、焦らずとも温泉は逃げて行きやしないさ、ゆっくり来給え」
そう言うと京極堂は一人でさっさと風呂場に向かい、見ると既に湯舟に浸かっている。私も直ぐに後を追った。―――矢張り温泉は良い。心の穢れを全て綺麗に洗い流してくれる様な気がするからだ。気持ちが良い。
「今回は…その、誘ってくれて有難う。来て良かったよ」
素直にこんな言葉が出て来る。―――本当に来て良かったと思ったのだ。
「…何だい。今日は自棄に素直じゃあないか。明日は雨かな」
「どうして君は直ぐにそんな事を云うんだ。人が素直に感謝しているだけなのに」
「そうか、…いやすまない。それなら良いんだ。誘った側としても喜んでくれた方が良いに決まっているからね。連れて来て良かったよ」
「何だい。君も今日は自棄に素直じゃあないか。明日は雪だな」
「…だからすまないと云ったろう」
いつになく素直な京極堂を、私は不覚にも可愛い、等と思ってしまった。
 

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