□狂い人壊れ人愛し人
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「旅行に行かないかね関口君」
「何だいきなりだな京極堂」

―――突然の誘いに驚いた私が京極堂と呼んだこの男は、名を中禅寺秋彦という。私の学生時代からの友人で、今は古本屋の主人にして神主、そして憑き物落としを副業にしているという実に怪しい男である。京極堂というのは古本屋の屋号から来たものだ。それが定着してしまって今でもそう呼ばれている。人相は悪い。眉間の皺が無い所等殆んど見た事が無い。それがこの男の常態であるという事は長年の付き合いで徐徐に判ってきた事だ。機嫌が悪い時には更に凶悪な顔になる。そういう男なのだ。
「良いじゃあないか偶には。学生気分を満喫するというのも」
そう云われると学生時代に旅をしたあの高揚感が胸に込み上げて来て行ってみようかという気分にさせる。
「…君がどうしても行きたいのなら一緒に行っても構わないが…」
「じゃあ決まりだな」


―――こうして京極堂と私の二人旅は始まった―――
軽く荷物を纏めると電車に乗り込み出発する。
「てっきり榎さんなんかも誘っていると思っていたよ」
榎さん、というのは渾名である。本名は榎木津礼二郎という。此方も学生時代からの友人にして私の先輩でもある。
奇人変人の類で現在探偵という如何にも怪しげなものを生業にしている。因みに木場という幼馴染みの刑事とは大層仲が良いらしい。
「何故僕が奴を誘わなけりゃならない?榎さんは木場の旦那とでも一緒に行けば良いのさ」
「…?何故だい?!」
「…全く君も随分と鈍いと云うか周りに無頓着と云うか…あぁ君は何事にも無頓着だったっけね」
「何だい、何がそんなに僕が無頓着だと云うんだ」
「何って…まぁ分からないのなら分からないで別に君が困る事ではないからその侭で構わない」
「何だい全然説明になっていないよ君らしくないじゃないか」
「偶にはそういうのも良かろう」
「…良くないよ、僕には…」
「だから君の性分なのだから今更変えようったって無理というものさ。何処でも其処でも寝るなと云われて、はいそうですかと寝るのを辞める君ではないだろうと云っている。つまりはそういう事だよ関口君」
――確かに何処でも寝てしまう私としては寝るなと云われてもきっと寝てしまうに決まっているのだ。京極堂の云う事は―――丸め込まれた様な気もするが―――全くその通りなのだ。だから私も
「そうか…そうだな…」
と、答えてしまった。
 

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