朔月秘話


□恋はある日突然に
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 軒下で雨宿りをする神楽を気にする者など一人もおらず、神楽が腕の中の仔犬を護るように抱きしめたとき、睨み付けていた地面に黒い靴が現れ立ち止まった。

「おい、こんなとこで何してやがる」

 かけられた声には聞き覚えがあり、何で話しかけてくるんだと心の中で呟いた神楽は、聞こえなかったフリをして視線を横にずらした。

「はぁ…おい」

「うっさいアル、お前には関係ないネ」

 ため息をついて再度呼びかけた声に言い返すが、その声に普段の威勢はなく、いつも睨み付けていた視線も横を向いたままだ。

「…ちっ」

 小さな舌打ちが神楽の耳に入り、これで去っていくだろうと思われた相手は、しかし、傘をたたむ音と共に神楽の隣の軒下へと入り込んできた。


「何でどっか行かないアルか…」

「雨宿りだ、気にすんな」

 隣に入って来た土方を睨みつけるが、相手は神楽に視線を向ける事なく路面を見ながら煙草を吹かしている。

「……」

 神楽の苦々しげな視線を気にする事なく煙草を吹かす土方から視線を外すと、腕の中で震える仔犬を抱きしめなおし、神楽は今までいた軒下から出ていこうと一歩踏み出した。

「おいおい、傘も持たねぇで行くのはかまわねぇが、そっちのちっけぇのにはキツイんじゃねぇのか?」

「…シュン」

「ほらみやがれ」

「…ぐっ」

 仔犬がクシャミしたことで言葉につまった神楽は、渋々踏み出した足を戻した。
 
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