朔月秘話


□瓦礫の楽園
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 土方と金時が知り合ったのは、二年前の土方がまだ大学に入学したての春の事だった。

 幼い頃に両親が離婚して祖父の家に引き取られた土方は、大学入学を機にその家を出て一人暮らしを始めていた。

 始めは反対をしていた祖父も土方の決意が変わらないと判ってからは、可愛い孫に苦労をかけないために毎月仕送りをしてくれる。しかし、学費は祖父の説得に折れて出してもらう事となったが、自分の我が儘で家を出た土方は出来るだけその金には手を付けたくなかったため、夜のバイトでボロアパートの家賃と生活費を賄っていた。もっとも、夜のバイトといっても怪しい店ではなく、夜間工事といった肉体労働だ。体力に自信のある土方には別に苦にもならない労働だったが、土方を知る者達はこぞって反対の意を唱えていた。しかし、バイト代が日払いであるのは土方にとってとてもありがたく、土方がそのバイトを辞める事はなかった。

 バイト先の人達とも仲良くなったある日、バイトを終えて家路についた土方は、道路に踞っている唸っている人物を見つけた。

 始めは無視しようと思ったのだが、薄汚れた路地には不似合いなまでの見事な金髪とあまりにも悲壮な呻き声に、土方は近くの自動販売気から水のペットボトルを購入すると、道端に踞まるその人物を起こしにかかった。

「おい、大丈夫か?」

「…うぅぅ…」

 塀に寄り掛かるようにして踞まる男の肩を揺らすと、呻き声が返ってくる。

「ほら、水」

「……うぇ?」

 水という単語に男が顔をあげたので、焦点の定まらない瞳と目が合い、持っていたペットボトルを押し付けるように突き出す。

「水」

「…みず…」

 ぼんやりとした顔で突き出されたペットボトルを眺める男の手をとり、蓋を外したペットボトルを握らせる。

「飲めるか?」

「……」

 手に持たされたペットボトルを見つめていた男は、ペットボトルに口をつけると喉が渇いていたのを思い出したか、口の横から零れるのも気にせずに中身を飲み干してゆく。

「ったく…」

 己よりも年上であろう男が見せるの様子にため息をつき、土方は持っていた鞄からハンカチを取り出して零れた水を拭いてゆく。

 無造作に着崩しているが、男が着ているスーツがブランド品である事を土方は気付いていた。地面に踞まっている時点ですでに汚れてしまっているので今更だろうが、友人からお節介と言われる土方としては放っておく事が出来なかった。

「…プハァ…」

 中身の無くなったペットボトルから口を放して親父臭い息をつく男に、つくづく見た目を裏切る男だと笑みが零れる。

 ブランド品のスーツに、朝陽を浴びてキラキラと光る金髪。よく見れば、顔は男の土方が見ても綺麗だと思える程に整っている。

「(ホストか?)」

 水で濡れた口元を袖で拭う男っぽい仕種に、少し鼓動が高くなったのを不思議に思いながらも、男の仕事を推察する。

 こんな時間に高価なスーツを着てこのような場所で酔っ払って踞まっているなど、水商売に違いない。

 あまりホスト等に良い思い出がない土方だったが、どうせ今回限りだと思って観察するようにジロジロと男を眺めた。すると、水を飲んだ事で次第にハッキリとしてきたのか、男は傍らに立つ土方へとお礼を口にするために顔を上げると、何故か間抜け面を晒して固まった。

「どうかしたか?」

「え…あ、いや、その…」

 何故か顔を朱く染める男の様子に、土方が不思議そうに首を傾げると、ますます男の顔が朱くなる。

「大丈夫か?」

「あ、う、うん。大丈夫大丈夫!金さんなら、大丈夫だから!」

「はあ…」

 顔を朱く染めて首を横に振る男に少し引きながら、土方がそうなのかと頷けば、ニコニコとした間抜け面でいつまでも土方を見上げてくる。

「えっと…そんじゃぁ…」

「えっ!?」

 ホストである事を差し引いても、この男とはあまり関わりあいにならない方が良いかもしれない。そう思いながら立ち去ろうとした土方に、男は何故か慌てたように声をあげた。

「ちょ、ちょっと待って!」

「なんです?」

 呼び止められるとは思っていなかった土方は、眉をひそめながらも律義に振り返った。

「お、お礼!そう、お礼がしたいんだけど!」

「…別にそんなの結構です」

「いやいやいや、気にしないで、な?」

 土方としては当たり前の事をしただけだ。それに、ホストとは係わり合いたくない。そう思っての言葉だったが、相手は遠慮ととったようだ。

「本当に、結構ですので!」

 そう言い捨てて走り出す。

「あっ、ちょ、ちょっと!」

 いきなり走り出した土方に慌てて後を追う男だったが、疲れているものの酔っ払っていない土方と泥酔して道端に踞まっていた男とでは、始めから勝負になるわけがなく、土方は難無く男を振り切る事が出来た。

 男から逃れるように走った土方が確かめるように顔だけ後ろへと向ければ、上手くまけたのか先ほどの男の姿は何処にも見当たらない。

「…ったく」

 速度をゆっくりと落としてゆき、歩く速度に切り換える。少し乱れた呼吸を気にする事なくため息をついた。

「ま、もう二度と会う事もねーだろ」

 そう呟いた土方を疲れからくる眠気が襲い、アパートが近づいてきた事もあって、少しだけ歩く速度をあげる。少ししてボロアパートに着いた土方の頭からは、先ほどの男の事などすっかり消え去っていた。

 男の事を思い出したのは、数日後の事だった。

 薄汚れた路地に不似合いな程ビシッと決めたスーツを着て、真っ赤な薔薇の花束を持つ男に、始めは変な奴がいると思って早足で過ぎようとした土方だったが、その男が土方に気がついて嬉しそうな笑みを浮かべて近寄ってくる事に眉をしかめる。

「やあ!」

「……は?」

 にこやかな笑みを浮かべて手を挙げる男は、何を思ったか手に持っていた真っ赤な薔薇の花束を土方に差し出した。思わず受け取ってしまった土方は、何故自分に花束が渡されるのか判らず、首を傾げた。

「俺、坂田金時ってんだ、よろしくね?」

「はあ…」

 突然の自己紹介に、間抜けな返事しか返す事が出来なかった土方は、その時になって、この目の前の男が先日の酔っ払いである事に気がついた。

「アンタ、この前の…」

「うん。この前はありがとうね?」

「はあ…」

 何が嬉しいのかニコニコと笑う金時に、土方はそう返す事しか出来なかった。

 それが土方と金時の出会いで、その後、お礼をしたいと申し出る金時に負けて食事を奢ってもらった土方は、その時に教えた携帯番号に何故かその後も連絡がきて何度も会うようになっていた。そんな中、いつしかホストのくせに情けない金時にほだされて気になりだしていた土方は、気がつけば金時の事を友人以上に想うようになっていた。
 
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