朔月秘話
□修羅〜零れ噺〜
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修羅〜零れ噺2〜
これも、ささいな日常風景?
その日、銀時は珍しく入った万事屋の仕事を済ませてから来たため、トシの元へ行くのがいつもより遅い時間になってしまっていた。
トシには遅くなる事は伝えているので慌てる事はないのだが、トシはほって置くと誰彼構わず魅了してしまうので、傍で睨みを効かせていないと、トシに魅了された入院患者で病室がいっぱいになる可能性があるので、病院へ向かう銀時のスクーターは速度を上げてしまいがちだ。
彼女が入院しているのが産婦人科なので入院患者といっても女性だけだが、銀時としてはやっと取り戻した大事なトシを女とはいえども群がれるのは我慢出来ない。銀時が外をあまり出歩かないようにや他の者を入れないようにお願いすれば、優しいトシの事、その通りにしてくれるだろうが、そんな事をすればストレスが溜まってしまう事も考えられるので、銀時としてはあまりその手は使いたくなかった。
所定の場所にスクーターを停車させると、銀時は面会用玄関へと急ぐ。
駐輪場と面会用玄関はそれほど離れていないので、すぐに銀時は玄関へと辿りついたが、その玄関横に立つ人物を認めてそのままスライディングしてしまった。
「遅かったな、銀時」
スライディングして己のもとまでやってきた銀時に、桂が腕を組んだまま告げる。その斜め後ろには、エリザベスの姿もあった。
「何やってんだァ、お前!」
「トシ殿の見舞いをするために、貴様を待っていたのだ」
指名手配犯である桂が真選組とも懇意な病院に堂々と立っている事を怒鳴れば、何を当たり前な事を言うと言わんばかりの表情で桂が言い返す。
「ここがどこだかわかってんのか!わかってんのかァ!」
「馬鹿にするな、だからちゃんと変装しているではないか」
そう胸を張る桂は、つぎはぎを書いた顔に洋装をしている。エリザベスにいたっては、頭のてっぺんにゴーグルをつけた姿だ。
「宇宙海賊のどこが、変装だァァァアアッ!」
「宇宙海賊じゃない、キャプテンカツーラだ」
真面目な表情で訂正する桂に、銀時が頬を引き攣らせたまま片足を持ち上げる。
「どっちも一緒だァァァアアッ」
ドガァァァァアアッ。
そんなに怒鳴り声と共に桂の横っ腹に、銀時の廻し蹴りが綺麗に決まった。
「何をする!」
「何じゃねーよっ!バレたらどーすんだよ、バレたら!」
蹴られた箇所を押さえながら桂が抗議の声をあげれば、銀時がその胸倉を掴み前後に揺らしながら怒鳴る。
「この完璧な変装が、バレるわけなかろう」
「そんなの、変装じゃねーよ!ちゃちな仮装だろ」
「仮装ではない、変装だ」
いつもの和装から洋装に変え顔に悪戯書きのようなつぎはぎを書いただけで変装だと言い張る桂に、銀時は深いため息をついた。だいたい、エリザベスにいたっては、ゴーグルを頭に乗せただけで、どこが変装だというのか。
この松本医院は真選組御用達の病院だ。そのため、いつ真選組の隊士が現れるかわからない。現に、銀時が毎日通う間、何度か運び込まれる隊士を見かける事があった。
トシの身の安全のため銀時と目があっても会釈だけで話しかけてこようとはしないが、こんなあからさまに怪しい人物と一緒にいれば、職務質問されるのは目に見えている。そうなれば、銀時やトシが攘夷志士の桂と知り合いであると知られてしまう。
嫌な考えに銀時の頭が痛む。
「何してんですか、旦那」
背後からかけられたどこか聞き覚えのある声に、銀時の肩がピクリと揺れる。
「い、いよォ、ジミー!」
「山崎です!ジミーじゃないって言ってんでしょ!」
愛想笑いを浮かべながら振り返れば、予想通りに真選組の山崎が立っていた。
「あー…ハイハイ、地味崎な、地味崎」
「山崎です!や、ま、ざ、き!」
「どっちもかわんねーよ」
「地味崎と山崎じゃ、まったく違うわーっ!」
何とかいつも通りの対応を心掛けながら銀時は後ろ手で桂達を去るように促すが、桂とエリザベスが立ち去る気配はなく、山崎の視線が己の後ろにいっているのに苛々としてくる。
「ここに何かようなのか?整形はやめとけ?やったって、オメーは存在自体が地味なんだから」
「誰が整形ですか!しかも、整形しても無駄なほど地味って、どんだけ地味なんですか!」
何とか話をそらし、後ろの馬鹿どもから意識をそらさせようとするが、さすが腐っても監察方筆頭。山崎の意識が桂達に向かっているのが、銀時にはわかった。
「旦那…そちらの方は…」
「(キターッ!)」
訝しげな表情で桂を見ている山崎に、銀時は表情には出さないが内心慌てる。
「こ、こいつは…」
「キャプテンカツーラだ」
「(馬鹿かァァァアア!)」
偽名とはいえ素直に名前を名乗る指名手配犯に、銀時が声に出さずに罵る。
「キャプテンカツーラさんですか」
「うむ。そして、彼が相棒の、エリローだ」
「山崎です、よろしく」
「(なに、普通に挨拶しちゃってんのー!?しかも、エリローって、なんだよ!ポジションは、トチローか?トチローなのか?)」
和やかに挨拶を交わす敵同士に銀時がツッコミをいれたいが、声に出すわけにはいかないのでストレスが溜まる。
「あ、そうだ、旦那」
「あ゛あ゛?」
何かを思い出した山崎がいきなり振り返った事で、心の中でツッコミをいれていた銀時は半分すわりかけた目で返事を返した。
「せ、先生に渡して置いたもんがあるんで、後で受け取ってください」
「松本のババアにか?」
「はい」
どうやら、それを言いたいがために珍しく近づいてきたようだ。あまり松本が好きではない銀時は、眉をしかめながらため息をついた。
「…わァーたよ」
山崎がわざわざ話しかけてくるほどなのだから、よほど大事な物なのだろう。
「それじゃぁ、よろしくお願いしますね」
そう言い残すと、山崎は頭を下げて走り去っていく。
その後ろ姿が見えなくなるまで見送っていた銀時達は、完全に見えなくなった事で安堵の息をついた。銀時だけ。
「ほらみろ!この変装は完璧なので、バレる心配などないのだ!」
無駄に胸を張って高笑いをする桂に、脱力感に襲われ肩を落としていた銀時が拳を握り締め怒りに震わせる。
「なんでばれねーんだよ…」
あの努力はなんだったのかと問い質したいと共に、攘夷志士と真選組が本当にこれでいいのかと銀時が誰かに聞いてみたくなるのもしかたがない。
「まったく、怪しい奴がいると苦情が殺到してるから来てみれば、ここで何をしてんだい」
嘆く銀時と高笑いをする桂に呆れた口調の声がかかる。
「げ、ババア…」
振り向いた先にいた松本に銀時が小さく呟くのを聞き咎めたのか、松本の眉がピクリと動く。
「何かいったかい?」
「別に言ってねーよ」
地獄耳に冷や汗をかきながら首を横に振る銀時を睨みつけるが、松本はため息をついただけで後ろに立っている桂とエリザベスへ視線を向けた。
「なんだい、この面妖な生き物は」
「うむ御老体、キャプテンカツーラとエリローだ」
「……」
銀時は松本の額に青筋が浮き出るのを見かけてしまい、心の中で余計な形容詞を使った桂を罵りながら頬を引き攣らせた。
「……オイ、銀髪頭」
「……ナ、ナンデショウカ」
怒りを押さえた松本の声に、銀時が目をそらしながら返事を返す。しかし、そんな事をしなくても大丈夫だったようで、松本の視線は桂から外れる事はなく、睨みつけられた本人は、一介の医者でしかない松本の鋭い眼光に動きを止めて冷や汗を流している。
「渡すモンがあるんで、後で病室に寄らせてもらうよ」
「あ、ああ」
自分に視線が来ない事に安心した銀時が桂達へと視線を向ければ、松本に睨みつけられ固まる桂の後ろでは、エリザベスがプラカードに『ブルブル』と書いてあるのを見つけ頬を引き攣らせた。
「おや、顔色が悪いね、特別に診てやるよ」
「い、いやそれは」
「遠慮すんじゃないよ」
とても年をとった女性の力とは思えないほどの強い力で手首を掴まれ、桂がエリザベスと銀時に助けを求めるように視線を向けるが、銀時とエリザベスは火の粉が自分にかからないようにそらす。
「それじゃぁな」
「ま、まってくれ、御老体、私はどこも悪くは…」
松本の雰囲気にこれからの自分の未来が予想出来てしまったのか、桂が必死に逃れようと口で抵抗を試みるが、地雷をいくつも踏み潰している事に気付かない桂は、抵抗虚しく目の笑っていない笑顔を浮かべる松本に連行されてゆく。その姿はさながら、歌にある売られてゆく仔牛のようだった。
頬を引き攣らせながら頭を掻いてそれを見送った銀時は、『お達者で〜』と書いてあるプラカードをもつエリザベスを出来るだけ視界に入れないようにしながら、深いため息をついた。
銀時の前を横切った際の松本が呟いた言葉が耳を離れない。
―――攘夷志士のを切り取るのも面白いかもな
あの医者は、何処を切り取るつもりなのだろうか。考えれば考えるだけ、恐い考えになってゆく。
「……トシが待ってるから行かなきゃな…」
横をみれば、すでにエリザベスの姿は消えていた。
その後、桂がトシの見舞いに訪れる事はなく、退院した彼女と再会するべく万事屋を訪れた桂が松本の助言によって女装していた事から、銀時は本当に切り取られたのかどうか同じ男として恐ろし過ぎて聞く事は出来なかった。
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き、切られてないですよ?
切られてないけど、色々虐められはしてるけど、切られてないですよ?。
2007.12.29.