朔月秘話


□修羅〜追憶の章〜
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 坂田銀時がその少女に逢ったのは、まだ肌寒い春の頃だった。




 物心ついた頃から傍にいたのは、優しい母だけだったので、銀時は父親というモノを知らない。

 その母だけが、銀時の世界だった。

 長崎で芸者をしていた彼女は幼い銀時から見ても美しく、銀時が覚えている限り何人もの求婚者が常に存在した。だが、その求婚者達も、銀時の存在を知ると皆一様に顔をしかめ、何とか銀時を遠ざけようと画策したり、彼女に直接何処かヘやるように訴えたりを繰り返した。

 銀時はその頃の日本では珍しい銀髪に紅い瞳をしており、その外見から周りの者達から疎まれ続けていた。しかし、彼女にとっては愛しい人との一粒種であり、ただ一人の家族を心の底から可愛がっていたので、そんな求婚者達の言葉を跳ね退け、その地を逃げるように去っていった。

 そして、銀時が七才を過ぎた時に訪れたのが、長州にある松下村塾だった。

 松下村塾は、思想家である松陽が知り合いの大地主の後援を得て開いた塾で、様々な学問と剣術を身分関係なく教えている。そこの女中として銀時の母は住み込みで働く事が決まったのだ。

 その頃、その外見から人々に虐げられ続けた銀時は笑顔を全く見せる事のない子供に育ち、その無表情が気に食わないと暴力や虐めの対象とされ、酷い人見知りをするようになり、初めて松陽の屋敷に迎えてもらった時も、母の着物を強く握り締めて隠れて彼を伺っていた。

 母と話しをしていた松陽は母の背後からこちらを伺う銀時に気付くと、ニッコリと優しげな笑みを浮かべながら目線を合わせるようにしゃがんでみせた。

「はじめまして」

 驚きにピクリと肩を揺らした銀時がますます母の後ろに隠れてしまっても、他の者のように顔をしかめる事も不機嫌になる事もなくただ苦笑を浮かべるだけで、母に促された銀時が恐る恐る顔を出せば、嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「これから宜しくお願いしますね、銀時さん」

 母以外から初めてかけられた優しい言葉に、銀時が驚きに小さく目を見開く。

「銀時?」

 安心させるように背中を押す母の温もりに力付けられ、銀時が恐る恐る母の後ろから姿を現せば、松陽はますます嬉しそうな笑顔を浮かべた。

「…よろしく…お願い…します…」

「はい」

 小さな声で挨拶を口にする銀時に不機嫌になる事もなく、優しげな手つきで頭を撫でてくれる松陽に、銀時はぎこちない笑みを浮かべた。

 そうして松陽の屋敷に住み込みで働く事になった銀時たち母子は、松陽から厳命されていた家人達に受け入れられたのだったが、松下村塾に師事していた様々な家の子弟達は、自分と違う外見をした銀時を虐めの対象とみなし、大人が見ていない場所で銀時を虐め続けた。




 銀時と母が松陽の屋敷で働き出して数日たったその日も、銀時は裏庭で数人の子供に虐められていた。

 銀色の髪を掴まれ体を蹴られ続けるのを、銀時は体を丸めてただ黙って堪え続ける。その様子が子供達の気に障るのだが、相手は母が働く屋敷にくる生徒とあって、反撃して手を出す事は母の不利となる事が幼いながらに判っている銀時にはそうする事しか出来なかった。

 与えられる暴力を銀時は奥歯を噛み締めてただ堪える、そんな時間が過ぎた時だった。

「なにをやってるんですか!」

 幼い声が辺りに響き、銀時に暴力をふるっていた子供達の手や足が止まる。

「ちっ、高杉の妹かよ」

 忌ま忌ましそうに吐き捨てる子供達に、不思議に思った銀時がゆっくりと顔を上げれば、そこには、美しい漆黒の髪を後頭部で一つに纏め、剣道着を身にまとった美しい少女が立っていた。
 
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