朔月秘話


□修羅
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 火葬の煙にのって、人の焼ける臭いが辺りに広がる。

 銀時はその煙を眺めながら、きつく拳を握り締めた。


 ガサッ。


 枯れ葉を踏み締める音をたて、桂は煙を睨み付けている銀時へと近づいて行く。


 ガサッ。


 ガサッ。


 気配を消して近付けば、声をかける前に腰にさしている刀で切り掛かってくると知っている桂は、わざと音をたてて銀時へと近付いて行く必要がある。

 後一歩というところで立ち止まり、今だに煙を睨み付けている銀時に話しかけるでもなく、独り言を呟くように桂は静かに口を開いた。

「先程、高杉が発った…」

 桂の言葉に、銀時の肩がピクリと震える。

「坂本の奴も行ってしまった…」

 銀時は無言で煙を睨み付けたまま、桂の言葉に答えようとはしない。

「まあ、アイツは元々、攘夷など興味はなかったからな…」

 銀時の肩が再び震える。その様子を見つめ、桂も同じように空を見上げ言葉を続けた。

「俺は、お前は高杉の奴と一緒に行くものだと思っていたが…」

「…アイツを見ていると…」

 答えが返ってくるとは思っていなかった桂は、その小さな声に銀時へと視線をむけた。

「…ふとした瞬間に面影が重なって、どうしようもない気持ちが溢れる…」

 煙を睨みつけたまま告げられる言葉に、痛ましげな表情でその背中を見つめる。

「…なんであの時、行かせてしまったんだって…どうしてアイツを引き止めなかったんだって…なんで一緒に行かなかったんだって………叫びたくなる…」

「…銀時…」

 握り締めた拳から、赤いモノが滴り落ちる。

「…わかってる…わかってんだよ!」

 叫ぶ銀時から桂は視線をはずし、天へと昇ってゆく煙へと移した。

「だけど、燻るこの気持ちを…想いを…どうすりゃいいんだよっ!」

「…銀時…」

 俯き叫ぶその声は悲痛に満ち、桂には彼が泣いているように感じた。

「…どうしたら…俺のなかで燻る鬼を抑えられる…どうしたら、この衝動を……止められるんだ…なあ…」

 震える拳を左手で抑え呟く。

「…時が…時が解決してくれる事もあろう…」

「…思い出が…薄まってゆくのか…」

 抑えこんだ両手に額をつけ、銀時が自嘲するように呟く。

「…銀」

「冗談じゃねぇっ!」

 声をかけようと口を開いた桂の言葉を遮り、銀時の叫び声が響く。

「そんな事が出来るなら、こんな所にいるわけねぇだろっ」

「…そうだったな…」

 桂は苦笑しながら呟いて首を何度か振ると、震える銀時へと真っ直ぐな視線を向け、静かに口を開いた。

「これからどうするつもりだ」

「…決まってんだろ」

 俯いていた顔を上げ、銀時が決意に満ちた口調で告げた。

「アイツの遺体は見つかってねぇんだ、なら、捜すに決まってんだろっ!」

「しかし…」

「見つけてみせる…アイツは絶対に生きてるに決まってんだ」

「銀時っ!」

 桂には銀時の言葉が、子供が我が儘を口にしているようにしか思えず、諌めるように名を叫んだ。

「約束したんだ、絶対、帰ってくるってな」

 振り向き不敵に笑う銀時の姿に、桂が目を見開く。

「そうか…信じているのだな…生きていると」

「当たり前だろ、アイツは、俺との約束を破るような奴じゃねぇんだからな」

「そうだったな…」

 幼い頃から傍にあった花のような笑顔を思い出し、桂は己の弱気を嘲笑うようにしみじみと呟いた。

「これから、どうするのだ?」

 先程と同じ問いに、銀時は視線を遥か遠くへと投げかけ、決意に満ちた表情で答えた。

「江戸へ行く」

「江戸か…」

「ああ、この辺り一帯をあんなに捜してもいなかったんだ、なら、情報の集まる江戸で、手がかりをみつけてみせるまでだ」

 その言葉に迷いはなく、桂は銀時ならばできるかもしれないと、同じように視線を遥か遠くにある江戸へと向けながら思う。

 やがて、どちらともなくその場を立ち去り、桂は残った仲間達のもとへ、銀時は江戸を目指すために道を別れた。




 別々の道を行く事になる二人が、再びその道を交差させるには、今暫くの時間が必要だった。
 
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