旋律
□次回連載零話
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「神代の島」
丁度お昼時とあって学生で溢れ返る学生食堂を、沖田はその小柄な体格からは考えられぬ程に大量の食料をトレイに乗せ、器用に人を避けて進んでゆく。
暫く空席を求めて進んでゆけば、窓際の席に知り合いの後ろ姿を認め、目を細めるとその席へと足を向ける。
窓から差し込む夏の日差しを受けて、キラキラと輝く金色の髪。
まるで本人の性格を表すように、奔放に跳び跳ねる髪の毛。
金髪に染める学生も少なくはないが、あそこまで見事な金髪を沖田は見た事がない。それに、あの癖のある髪の毛が加われば、沖田が知る人物―――坂田金時に外ならない。
遠くからでも判るその特徴に、口元に笑みを浮かべていた沖田だったが、金時と共にいる人物に気がつき眉をしかめた。
しかも、手を握っているのが目に入り、ますます眉が中央に寄ってゆく。
「何してるんですかぃ、旦那」
「あれ?総一郎くん?」
「総悟でさぁ」
名前を知っている筈なのに毎回間違ってくれる金時にため息をつきながらも、了承をとらずにテーブルにトレイを置いてその隣に腰をおろす。
「何こんな所で、女口説いてんでさぁ?」
「いやいやいや、金さん口説いてないからね?花子ちゃんが手相を見て欲しいってぇから見てるだけだから、人聞きの悪い事言わないでくんない?」
その言葉の通り、金時の手は向かい側に座る花子の手首を軽く握り、左の掌を広げさせている。しかし、本人にその気がなくとも、相手にしてみれば違うかもしれない。特に先程遠目で見た時に花子の頬がうっすらと赤く染まった様子では、花子が金時に気があるのはバレバレだ。もっとも、派手な見た目と違い、意外と身持ちの硬い金時にとっては、本当に手相を見ているだけなのだろうが。
目を細めて向かい側へと視線を投げかければ、沖田の鋭い視線と雰囲気に花子がヒッと小さく息を飲む。
「わ、私、用事を思い出したから、もう行かなくっちゃ」
「そう?いってらっしゃい」
「う、うん、ありがとうね、金さん」
「かまわないよ」
ヒラヒラと手を振り、慌てて去ってゆく花子をにこやかに見送る金時の横で、沖田がその後ろ姿を小馬鹿にしたように小さく鼻を鳴らす。
「相変わらず、よく食べるねぇ…しかも、見事にカレーばっかだし…」
沖田のトレイに乗せられた料理の数々に、金時が苦笑する。
カレーライスにカレーうどん。
トレイの隣に置かれたビニール袋からは、数個のカレーパンが顔を覗かせている。
ここまでカレー尽くしだと、まさに盛観としか思えないから不思議だ。
「やだなぁ、褒めねーでくだせぇ、照れるじゃねーですかぃ」
「いやいやいや、褒めてないから、金さん、褒めてないからね?」
「いただきまさぁ」
「あれ?無視?無視ですかコノヤロー」
服にカレーが飛び散らないように気をつけながら、沖田が食を進めていけば、諦めたのか隣からため息が聞こえてきた後は静かになった。
横目で盗み見れば、苦笑いを浮かべて己を見る金時の姿があり、その様子に小さく笑みが零れる。
金時と沖田が知り合ったのは、この大学に入ってからだ。
親友の近藤と逸れ迷い込んだ中庭で、昼寝をして金時に沖田が躓いたのが始まりで、その後、いくつか必須科目が一緒になった事から話すようになった。
その性格から、仲の良い友人は近藤しかいなかった沖田は、己の性格を知って尚且つ去って行かない金時に、いつしか友情とは違う恋慕を抱いくようになっていた。
金時はその派手な外見や優しい性格から、様々な者から好かれて取り巻きがいるが、どこか他人と一線を引いているように、冷たい時もある。そんな数居る取り巻きの中でも、懐にいれた人物―――己や志村姉弟といった相手にはとことん甘いのが、沖田に優越感を与え嬉しかった。
「手相って、そんな簡単に判るんですかぃ?」
「ん?」
突然始まった会話に、チョコレートケーキを食べていた金時が首を傾げ、それを見た沖田の頬がうっすらと朱く染まる。
「知らなかったっけ?金さん、こーゆーの得意よ?」
「へぇ…」
「信じてないね?」
「信じてますぜぇ?」
どこか嘘臭い笑みを浮かべる沖田に、金時がムッと眉をしかめる。気を許した者にしか見せないその表情に、思わず沖田の笑みが深くなった。
「信じてねーな?手ぇだせ!」
「は?」
「総一郎くんの手相を見てやるから、手を出せ!」
「総悟でさぁ」
名前の訂正を入れながらも、素直に左手を金時の前に差し出せば、剥き出しの手首を軽く握られ、沖田の鼓動が跳ねた。
「うーん…うっわぁ、ギャンブル線がはっきりでてんねー…あ、アブノーマル線もある…し…」
「何ですかぃ?」
楽しそうに聞き慣れない線を口にしていくなか、次第に寄っていく金時の整った眉に、沖田も少し不安になる。
「いや…総一郎くん、どっか旅行に行く予定ある?」
「え?」
眉をしかめられたまま告げられた言葉に、名前を訂正しようとした沖田の口から間抜けな声が漏れる。
「旅行、もしも旅行するなら、止めた方が良いよ」
「はあ」
どこか難しい顔をしながら告げられた言葉に、沖田が首を捻る。
「旅行じゃねぇですが、とっつぁんのゼミでフィールドワークとして、ナントカ島って所にいく予定はありますぜぃ?」
「じゃあ、止めなさい」
「いや、そんな簡単に言われても、単位がかかってんですぜぃ?」
沖田が席を置いている松平ゼミは、全国各地で行われる珍しい祭りを調べる民俗学を主に行っている。今は亡い病弱な姉を楽しませるため、様々な祭りを面白おかしく語った事から、この道に進んだ沖田としては、今回のフィールドワークにも勿論行くつもりだった。
「単位ぐらい我慢しろって、死相が現れてんだから」
「は?」
またもや間抜けな声が沖田の口から漏れる。
「その旅行に行ったら死ぬよ、総一郎くん」
思いがけない言葉に、いつになく真面目な顔をする金時をただ見つめる事しか出来なかった。
潮を含んだ風に晒されながら、遠くに見える本土を焦がれるように土方は見つめていた。
ガサガサガサ。
草を掻き分ける音に気付いているが、土方がそれを気にした様子はない。
この場所に来られる島民は限られている。
その限られた人物達が己を害する事はないと知っているからこそ、土方は動かない。
やがて、土方の身長まで生い茂った叢から、銀色の髪が飛び出てくる。
「やっぱりここにいたのか」
「……」
銀時の言葉にも土方が返事を返す事はない。しかし、そんな事は気にせず、銀時は土方の隣へとやってくる。
「ホント、ここで本土を見るのが好きだな」
「……」
返事が返ってこなくても、銀時が気にした様子はない。それもそのはず、土方はある掟を破った罰により呪を受けているため、喋りたくとも喋れないとこの島の住民であれば皆知っている。幼い頃から土方を知っている銀時は、喋れなくなった原因も知っているからか、特に気にする事もない。
「金時の奴、来週には戻ってくるってよ」
「!」
やっと振り向いてくれた土方に、銀時が苦笑を浮かべる。
土方と共に掟を破ってしまったため、ある期間まで島を追放された銀時の双子の弟。島を追放された金時は、本土の大学で学生をしているらしい。
島に唯一ある学校にしか行った事のない銀時からしてみれば、あのような人が溢れる学校など行く気がしないが、金時は楽しげに通っているようだ。島から一歩も出た事のない土方にしてみれば、この島の外は未知の世界だ。金時が通う大学に、どれほどの人がいるのかさえ予想出来ないに違いない。
銀時は、ある意味、この島に軟禁されている土方が不憫でならなかった。しかし、この島に古くから伝わる掟を破る事は、この島の破滅を意味している。銀時はこんな島がどうなろうが構わなかったが、土方が悲しむ事は出来るだけしたくないため、儀式を済ませていない土方を島の外へ連れていく事は出来なかった。
「よかったな」
「……」
数年ぶりに金時が返ってくる事を知って、ずっと自分が傍に居たというのに金時を想い小さく笑って頷く土方に、彼に想いを寄せる銀時の胸が小さく痛んだ。
2008.03.23.