旋律


□次回連載零話
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「ヒトデナシの恋」




 夜の帳が降り、人外のモノ達が活動しだす時刻。

 どこか見覚えのある森の中を、ギントキはしっかりとした足取りで目的地へ向かって歩いていく。もっとも、見覚えがある森ではあるが、実際にはギントキが一度も訪れた事のない森だ。



 夢の中。



 詳しく言えば、幼い頃から繰り返し見る夢の中。

 現に、遠くに聞こえてくる狼の重低音の遠吠えが辺りを振動させ、周りからは、明らかに人外と思われる気配と息遣いが感じられるが、それらがギントキに襲い掛かってくる気配はまったくない。

 現実であれば、確実に襲われているに違いない。

 最初の頃は、夢の中で自我を保つ事など出来なかったが、何度も繰り返し見る事によって、最近は己が夢を見ているのだと自覚出来るようになった。だからといって、自由に動き回れるかといえば、出来ないとしか答えられないが。

 ギントキは毎回、夢の中である人物になって、たった一人の人物をいつも捜し求めている。

 それは、豪奢な調度品に囲まれた部屋であったり、様々な色の薔薇で溢れ返った庭園であったり、時には、フカフカの大きなベッドが置かれた寝室であったりする。

 その中でも、現在進行系で見ている森の中というのは、実は意外と多い。

 迷いもなく森の中を進んで行くギントキは、捜し求めた人物を見つけ、大きな声で名前を呼んで駆け寄ってゆく。

「――――」

 確かに呼んでいる筈なのだが、何故か、周りの音は鮮明に聞こえてくるのに、己の声と捜し求める相手の声だけは、ギントキには聞き取る事が出来ずにいる。

「――――」

 ギントキの声に振り返り、微笑みを返して手を差し延べてくれる人物。



 何度夢に見ても、一向に年をとる気配のない美しい少年。



 純粋の闇だけを集めたかのような、何処までも黒く柔らかい漆黒の髪。



 夜空に浮かぶ星を固め、所々月光があたり不思議な色合いを見せる黄金色した瞳。



 まるで、紅をひいたように紅く艶やかな唇。



 月光に照らされた白い肌。



 細くしなやかな体を包む闇色のスーツ。



 そして。



 幸せが溢れ出ている、美しい微笑み。



 そのどれもがギントキを魅了する。

 名前も人間かさえも判らない相手。

 判っている事はたった一つ。

 己も夢の中でギントキがなっている人物も、この目の前で微笑む佳人が、泣きたくなる程に愛しているという事だけ。

 後は何も判らなくて良い。そう思えてくる。

 出来れば、その小さく蠱惑的な唇で己の名前を呼んで欲しい。

 他の誰でもなく、ギントキだけに向けて微笑んで欲しい。

 ずっと己の傍で、幸せそうに笑っていて欲しい。

 願いは尽きる事はない。

 だが、所詮、これは夢であって、ギントキが恋い焦がれている人物も、夢の中の住人でしかなく。

 ギントキが夢から目覚めてしまえば、この佳人はギントキの傍にいない。

 その事実がギントキには悲しくて悔しい。

 眠りにつけばいつも見る訳ではなく、仕事柄、精根果てて夢も見ずに眠りにつくなんて事もよくあるし、大好物の甘味を食べる夢や、仕事をしている夢なんかもよく見る。しかし、やはりその中でも、この佳人との逢瀬の夢を見る頻度は多く、見れた時は幸せになれる。だからこそ、仕事の合間に暇を見つけては、想い人との逢瀬を求めて夢路を辿る。一緒に仕事をしている仲間などはそんな事を知らぬため、ギントキがいつも寝ているのはサボリ癖が激しいためだと思っているようだが。

 今回は上手く逢えたようで、ギントキは二日ぶりの美しい想い人にうっとりとする。

 夢の良い所は、ギントキが相手をうっとりと魅入っていても、夢の中のギントキが勝手に話を進めてくれるという所だ。

 今回も、ギントキがうっとりとしている間に話は進み、想い人を腕の中に抱きしめている。

 感触や鼓動等は感じられないのが、ギントキには悔しい。

―――ギンちゃん…

 どこからか聞こえてくる聞き覚えのある少女の声に、ギントキは夢の終わりを悟った。

「(あぁあ、もっと一緒にいてぇのに)」

 ぼやいても、夢が続く訳でもない。

 何となく感じる体の揺れに、うっすらと薄れ逝く世界。

 いつも頭に焼き付けているが、それでも足りないとばかりに、ギントキは想い人の姿を食い入るようにその最後の一瞬まで見つめる。



 そして、ブラックアウト。



 ボンヤリとするギントキの視界に映るは、古ぼけた木目の天井。

 ドスン。

 一瞬、己が何処に居るか判らなくてなったギントキの体に、衝撃が走る。

「グオォォォオ……」

「ギンちゃん、起きたアルか!?」

 衝撃の走った腹を抱え呻くギントキの耳に、幼い少女の声がかけられる。

「カグラちゃん、ギンさん起きた?」

 部屋に入ってきたシンパチが、ベッドの上で体を丸めて呻くギントキと、ベッドの横で何故か片手を持ち上げ勝利のポーズをしているカグラに気付き、ため息をつく。

「もぉ、駄目だよカグラちゃん。ギンさんはこれから仕事なんだから」

「ギンちゃんがいなくたって、私がアイツラをコッテンパンにしてやるネ!」

「はいはい…女将さんが食事の用意をしてくれてるから、早く食べてきたら?」

「ヒャッホォォォッ!」

 ベッドの上で呻くギントキに一瞥もくれず、カグラが嬉しそうに部屋を出ていく。

 その様子を苦笑しながら見送ったシンパチは、今だベッドの上で呻くギントキへ視線を移し、その情けない様子にため息をつくと、部屋に備え付けられた椅子の背に無造作にかけられたドレスを持ち上げ、ベッドに踞るギントキへと差し出す。

「はい、ギンさん」

「……ぉぅ…」

 痛みが残っているのか小さな声で返事をすると、何とか上半身を起こしたギントキは、ドレスを受け取ると面倒臭そうに頭を掻いた。

「はぁ…面倒臭せぇ」

「ほら早く仕度してください!じゃないと、日が暮れて、夜の住人達が依頼人の所にきちゃいますよ!」

「そん時ゃ、そん時で、この俺様が片付けてやるさ」

 散らかった部屋を片付けるシンパチを気にするでなく、ギントキは半ば仕事着でもあるドレスを身につけてゆく。

 壁に掛けられた姿見鏡でドレスの出来合いを確認し、ベッドの横に置かれた棚からカツラを取り上げ被る。

 鏡の向こうには、ニヤリと笑うギントキの顔。

「この、バンパイアハンターのギントキ様がな」

 シンパチが振り返れば、ドレス姿で無駄に恰好つけるギントキの姿。意外と知能の高い人外を油断させるためとはいえ、相変わらずドレス姿が様になっている上司の姿にため息が漏れる。

「いや、その姿で恰好つけられても…」

 頬を引き攣らせたシンパチのツッコミが、ギントキが出ていった部屋に虚しく溶けていった。



2008.03.23.
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