旋律


□次回連載零話
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「愚者の楽園」





 神に壊された世界―――シルバーソウル。

 残された人々は、各地に存在する神の加護がある土地に移り住み、指導者を王に据えて国を作った。

 世界に点在する王国の一つ、キョウト国。

 その外れに、賢者として遠くの王国にさえその名を轟かせる土方の屋敷がある。

 薬草を摘み終えた屋敷へと戻って来た土方は、腰を叩きながら玄関の扉を開けた。

「よぉ…土方ァ」

「!」

 扉を開けた途端に背後からかけられた声に、気配にまったく気付いていなかった土方の肩が揺れる。

「たか…すぎ?」

 どこか聞き覚えのある声に振り返れば、昔馴染みの高杉がニヤリと人の悪い笑みを浮かべ立っており、思わず呆然とした面持ちでその名を口にした土方は、すぐに相手が高杉であれば、己に気配を感じさせずに近寄る事など簡単だと思い至る。もしかしたら、声をかける寸前に、現在立っている場所へ転移したのかもしれない。

「おまっ…なんで此処に…」

 何処へでも移動出来る土方と違い、高杉はある契約によって住んでいる場所を移動する事が制限されている。このような場所に存在している事自体がおかしいのだと思い出し慌てる土方の様子に、当の本人はといえば、何がおかしいのか口元に浮かべる笑みを深くしている。

「漸く、この御印を手に入れてなぁ」

「それは…」

 高杉の指に嵌められた光を凝縮した指輪に、土方が息を飲む。高杉の指に嵌められた光の指輪は、ある試験を合格した者のみが手にする事が出来る通行手形のようなもので、おいそれと手に入る物ではない。特にその試験を受けるには、個々に持つ能力や法力以外にも性格等が関係してくるため、少なくとも、土方が覚えている高杉は間違っても試験を受けるような物でない事は確かだった。

「よく…受かったな…」

「こんな物、俺様の手にかかりゃぁ、簡単なもんよ」

 そう嘯く高杉だったが、しみじみといった土方の口調に頬が引き攣るのは隠せなかった。

「ヅラや坂本の奴らも試験を受けられるように申請してたからな、あと少したちゃぁ来るんじゃねーか?」

「なんで…」

 高杉の口から出て来た懐かしい名前に、土方が呆然と呟く。高杉もそうだが、土方が覚えている桂や坂本は、基本的に能力や法力は抜群に高いが、試験を受けてまで住んでいる場所から移動しようと考えるような思考は持っていなかったはずだ、寧ろ、土方が様々な場所に移動しては人間に肩入れしていた時等は、あまり肩入れするなと忠告をしてきたぐらいだ。

「こっちのモクの方がうめーからな」

「……」

 懐からキセルを取り出し火を落とす高杉に、土方が苦笑を浮かべる。そんな事を嘯き美味そうにキセルを吹かす高杉が、本当は土方を心配して来てくれたのだと判る。

 もう、気が遠くなる程の昔から、いつも高杉は土方を心配して何かと気にかけてくれていた。

「そうか…」

「そうだ」

 眩しそうに目を伏せて小さく笑う土方に、高杉が肩を竦めて肯定する。

「こんな所でなんだからな、まあ、入れ」

「うめぇ茶でもいれろやぁ」

「あーハイ、ハイ、ハイ…ゲンマイティーしかねーぞ」

「ちっ、仕方ねーな、我慢してやらぁ」

「あ゛あん?てめー何様だ!」

「高杉様だ」

 胸を張った答えに、土方は相変わらず傍若無人な友人にため息が漏れる。

 高杉を本の溢れ返った居間へと案内し、持っていた薬草が入った加護をその辺へ無造作に放置する。

「その辺に座ってろ」

「早くしろよ」

「黙れ!」

「クククッ…」

 どれだけ顔を合わせていない年月が長くても、こうして相変わらずの反応を返してくれる土方が嬉しくて、足音も高らかに部屋を出ていく土方の様子を笑いながら見送ると、高杉は部屋の中を見渡した。

 窓には乾燥させるために薬草が吊され、壁一面に備え付けられた棚には、本や薬剤等の詰まった瓶が所狭しと収められている。本に至っては、棚に収まりきらず、大理石で出来たテーブルやビロードのソファーの上に、無造作に置かれていた。

「相変わらずだな」

 綺麗好きと思われる外見をしているくせに、意外と散らかっていても平気な所は変わらないようで、少しだけおかしくなる。

「しっかし…数が多いな、おい」

 見渡す限り、本、本、本。他にあるとしたら、怪しげな薬剤等が入った瓶。恐らく、本に至っては、この部屋のみならず、他の部屋にも溢れ返っているに違いない。

 高杉はそう確信した。

 本の種類にしても、子供が読むような童話から高度な魔術書等、多岐に渡っている。

「!」

 棚に収められた本を眺めていた高杉の目が、ある本に注がれる。



 銀の善神と金の魔神。



 シルバーソウルを破壊した神について書かれた書だ。

 震える手でその本を取り出し、パラパラと流し読みしていた高杉の手がある一節を認め止まる。

「……かくして、嫉妬により世界を破壊しつくした金の神は、銀の神の封印により永い眠りにつき、封印に力を使い果たした銀の神は、その命を落としてしまった。しかし、負の力に取り込まれてしまった金の神の力は強大で、その金の神から生まれた魔物達はとても神々には太刀打ち出来るものではなかった。しかし、金の神によって住む場所を破壊されてしまった人々を憐れに思い、神々は人々が魔物に怯える事なく過ごせるよう、いくつかの土地に加護を与えた―――それが、現在のシルバーソウルである…だぁ?」

 既に神話に近い創世記に、高杉の口から低い笑い声が零れる。

「クククッ…いつの世も、人間ってぇのはテメェの都合の良いように真実を歪めやがる…」

 憎々しげに呟く高杉は、窓の外にそびえ建つ王国の中心でもある城へと視線を投げかけた。

「…神殺しの末裔が…」

 城へと向かって憎らしげに吐き捨てた高杉は、近づいてくる土方の気配に慌てる事なく持っていた本を棚に戻すと、何事もなくソファーへと腰をおろし、尊大な態度で足を組んで目を閉じる。やがてトレイに茶器を乗せて戻ってきた土方を、先程とは違う優しげな笑みを浮かべて迎えた。




 それは、まだ伝説の勇者である銀時が生まれる前の、ある夏の日の午後の出来事だった。



2008.03.19.
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